「やっぱり割れちゃうよね」
挑戦の始まりは、現状の技術の限界を確かめることだった(図1)。
トヨタ自動車(以下、トヨタ)が2020年11月に部分改良して発売した「レクサスIS」。プラットフォームを繰り越したことから同社は部分改良と位置付ける。だが、全面改良と言っても文句なし。20年12月にあった試乗会で実車を確認して開発陣に話を聞いて、筆者は素直にそう思った。
特に開発陣のこだわりを強く感じたのが外観デザインの変更である。フロントピラーとセンターピラー、そしてそれらが支える前席の天井を除く全ての外板パネルの形状を見直した(図2)。
新型レクサスISの開発責任者を務めた小林直樹氏(Lexus Internationalチーフエンジニア)は「FR(前部エンジン・後輪駆動)セダンの火を消さない。SUV(多目的スポーツ車)全盛だが、もう1回セダンに目を向けてもらいたい」と語る。
どうしたらFRセダンの魅力を引き出せるか。小林氏をはじめとする開発陣が出した答えが、スポーティーな外観の追求だった。その意をくんだデザイナーは、フロントフードやタイヤを覆うフェンダー、リア側の印象を決定付けるトランクリッド(荷室の蓋)などにシャープな稜線(りょうせん)を引いた(図3)。
検討の結果、デザイナーの意図を具現化するには、「R3」のプレス成形技術の確立が必要なことが判明した。R3とは、曲率半径Rが3mmのプレスラインのこと。トヨタをはじめ自動車メーカーが量産車で実現しているプレスラインはR5(半径5mm)程度まで。R3は異例の鋭さだ。
車両の安全性を確保する保安基準などを定める道路運送車両法は、歩行者などに傷害を与える恐れのある形状や寸法などを突起物規制として規定している。その1つとして、「外部表面には、曲率半径が2.5mm未満である突起を有してはならない」という項目がある。つまり、R2.5が法律の範囲内でクルマに表現できる限界となる。R3がいかに攻めた目標であるかが分かるだろう。
しかも、今回のような部分改良であれば、プレスラインのデザインを量産技術が確立されているR5あるいはR10(半径10mm)などに変更してお茶を濁すという選択肢もあったはずだ。デザインコンセプトから量産へと向かう中で、デザイナーの意図や思いが技術の限界を超えられないことは自動車業界では珍しくない。
「僕らのせいで、デザイナーが描いた線を変えるのは嫌だった」。R3に挑戦した浅田康徳氏(Lexus Internationalレクサス統括部生産技術室グループ長)は当時を振り返る。「遅かれ早かれ、R3はいずれ向き合う壁だった」(同氏)のも事実だ。果たしてトヨタの生産技術者は、量産化に向けて動き出した。
そして話は冒頭に戻る。