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 自動車にAI(人工知能)を使う事例が増えてきた。先進運転支援システム(ADAS)や自動運転システム、乗員監視システムなどが主な用途である。AIソフトを動かす車載半導体にも、通常のプロセッサーのほかに「AIアクセラレーター」と呼ぶ専用回路が搭載され始めている。

 ただ、AIアクセラレーターの能力を生かすためには、AIソフト側の工夫が欠かせない。こう指摘するのは、ルネサスエレクトロニクスで車載SoC(System on Chip)の開発に携わり、現在はAIソフト企業の米StradVision(ストラドビジョン)で技術アドバイザーを務める星泰彦氏である。一般に公開されているニューラルネットワークを半導体メーカーが提供する開発ツールで実装した場合、AIアクセラレーターの活用率は「10%いくかどうか」(同氏)だという。

 これはニューラルネットワークの処理内容と、AIアクセラレーターの回路構成がうまくかみ合っていないことに起因する。例えば、5×5のコンボリューション(畳み込み)に対応した回路の場合、5×5のデータを投入できれば、演算器をフルに活用できる上、メモリーへのアクセスも減らせる。しかし、ニューラルネットワークによっては3×3などのデータを扱うことも多く、その場合はムダが生じてしまう。

 一方、半導体の回路構成を考慮し、AIソフトを最適に実装すれば、AIアクセラレーターの活用率は「60~70%まで高められる」(同氏)という。最適化前に比べてAI性能を6~7倍も高められるわけだ。演算リソースが限られた車載システムの場合、この差は大きい。

ストラドビジョン技術アドバイザーの星泰彦氏
ストラドビジョン技術アドバイザーの星泰彦氏
もともとルネサスエレクトロニクスで車載SoC「R-Car」シリーズの企画やソフトを手掛けていた。21年3月にルネサスを定年退職し、同年6月からストラドビジョンで技術アドバイザーを務めている。(出所:ストラドビジョン)
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 ストラドビジョンは自社のAIソフトをルネサスなどさまざまな半導体メーカーの車載SoCに最適化する技術にたけている。ニューラルネットワークのムダを排除して処理負担を軽減するとともに、AIアクセラレーターの回路構成に合わせてAIソフトを最適に実装する。ルネサス出身の星氏が見ても「ハードの使い方が実にうまい」と感じるそうだ。

 こうした話を聞くと、ルネサスのような半導体メーカーこそ、AIソフトを最適化するツールの開発にもっと力を入れるべきではないかと思ってしまう。しかし、ルネサスの場合、「ソフトやツールにそれほど開発投資をかけられない」(同氏)という事情があり、難しいそうだ。AIは技術進歩が速く、新たなニューラルネットワークが次々に生み出されている。AI開発のフレームワークもTensorFlowやPyTorch、Caffeなど多種多様であり、移り変わりも激しい。さまざまなニューラルネットワークやフレームワークに対応したツールの整備が「なかなか追いつかない」(同氏)という。

 ルネサスなどの半導体専業メーカーは、ユーザーが開発したAIソフトに口を出しにくいという事情もある。工夫次第でAIアクセラレーターの能力をもっと引き出せると分かっていても、AIソフトを修正してくださいとは言えず、「助言をする程度」(同氏)だという。幅広い顧客に対して標準チップを売る半導体メーカーとしては、仕方がないのかもしれないが、実にもったいない話だと思う。