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 BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)という経営管理用語は知っていても、登場と普及の経緯を把握している人は少ないかもしれない。時代は1990年代前半、折しも日本経済はバブル崩壊の真っ最中だった。「うちの会社もBPRをしなければならない」――。こんな指示が、経営トップから発された記憶はないだろうか。

 BPRというコンセプトを広めたのは1993年初頭に米国で発行された書籍『Reengineering the Corporation』であると筆者は考えている。米マサチューセッツ工科大学教授(当時)のマイケル・ハマー(Michael Hammer)氏と経営コンサルタント(同)のジェイムス・チャンピー(James Champy)氏が著した。同書では「前提や制約条件なしに仕事の流れを抜本的に見直したうえで、ITを徹底的に活用して劇的に改善するべきだ」と唱えた。

 1993年以降の日経各紙(日本経済新聞や日経産業新聞など)で、BPRを掲載したトップバッターは日経産業新聞(1993年6月23日付)の「ご存じですか、新しいリストラBPR、またはリエンジニアリング――事業構造を改革」という記事だ。リストラ(リストラクチャリング)の新手法としてBPRは捉えられていた。

「BPR」というコンセプトを日本企業に広めた2冊の書籍
「BPR」というコンセプトを日本企業に広めた2冊の書籍
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 そして同年7月に書籍『競争力強化のリストラ戦略』が発行され、BPRという用語が和文の書籍におそらく初めて紹介された。さらに11月、『Reengineering the Corporation』の日本語版が『リエンジニアリング革命』として発行された。この書籍の帯には「リストラ、TQC(全社的品質管理)活動、ダウンサイジングなど、『改善』の積み重ねだけでは企業は生き残れない。劇的な企業革命を巻き起こしている衝撃の経営書!」とある。

 1994年1月には、JISA(情報サービス産業協会)がBPRの研究会を発足した。自らの経営革新や顧客企業にITシステムを導入する名目を得ることを狙って、この時点でBPRに注目していたIT企業は相当数あったと考えられる。

 2000年~2009年の日経各紙を眺めると、それ以前からあったTQM(総合的品質管理)やリストラの延長にBPRを位置付けてしまった日本企業の誤りを指摘するような寄稿記事もみられる。2010年以降は自治体の業務改革を紹介する記事にBPRという用語が目立つ印象だ。

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