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 2020年1月31日に全国公開された映画「AI崩壊」が好調だ。公開週は観客動員数で首位、ここ最近も5~6位と好位置につけている。

 記者は一足先に試写会で見たが、SFパニック映画として十分楽しめた。舞台は2030年の日本、医療AI「のぞみ」が社会インフラとして普及した近未来だ。この医療AIが突如暴走して「命の選別」を始め、AIの開発者が暴走を止めるべく奮闘する。

 映画『キングダム』の役作りで15キログラム太った直後にスマートな天才AI研究者役で逃走劇を演じてみせた大沢たかおの俳優魂とか、映画『シン・ゴジラ』の防衛大臣役から本作で総理大臣役に昇格したのにやはり序盤でひどい目に遭う余貴美子の不運とか、映画として語りたいことは尽きないが、ひとまず置いておこう。AIへの依存や個人スコアリング社会、プライバシーの侵害といったここ2~3年のAI倫理の話題をこれでもかと詰め込みつつ、1本のストーリーとして成立させていたのは見事だった。

 日本には近未来のAI社会を描写したコミック/アニメーション作品は多いが、実写映画でAIを描いた作品はまれだ。同映画はAI監修として、東京大学大学院の松尾豊教授や公立はこだて未来大学の松原仁教授といった専門家が名を連ねる。どこまでリアリティーのある「AI社会」が描画されたのか。

 本稿は、記者がAIの描画として違和感を覚えた点、感心した点をそれぞれ紹介したい。ネタバレの要素を多分に含むので、ストーリーに興味ある方はぜひ映画を見たうえで読んでいただければ幸いだ。

のぞみAIは「強いAI」?「弱いAI」?

 物語のキーとなる「のぞみAI」が開発されたのは2023年、現在から3年後という設定である。その原型になったのは、大沢たかおが…ではなく天才AI研究者の桐生浩介が開発した「がん細胞の遺伝子変異に基づき、がん細胞のみを破壊する分子標的治療薬を作る」AIだった。

 「遺伝子情報に基づく治療薬の設計」というタスクは、実のところ現在の医療AI技術のホットトピックでもある。患者のがん細胞を取り出して遺伝子変異をDNAシーケンサーで解析し、膨大な医療論文データベースと照合して効果のある治療法を絞り込む。実際、国内でもこの手法で「命を救われた」という患者の事例がある。

 桐生が開発したAI技術はその後、開発から手を引いた桐生自身も予想しなかった方向に発展する。ペースメーカーから心拍リストバンド、病院内の医療機器まであらゆる医療/健康デバイスをオンラインでつないで制御し、膨大な健康データや行動データを集めて治療に生かす、巨大なAIシステムに進化した。背景にあったのが「経済の縮小に伴う医療費の抑制と効率化」というから、現在ニッポンの課題としてもリアリティーを感じる。

 ただ一点、映画を見ながら疑問が消えなかったのが、のぞみAIは自律的に思考して価値判断する「強いAI」なのか、それとも特定のタスクのみを実行する「弱いAI」なのかという点だ。

 2030年時点ののぞみAIは、明らかに「強いAI」として描かれている。人間と会話でき、自ら治療方針を決め、医療機器を制御する。ストーリーの過程である「バグ」が混入した後は、インターネット上の記事や画像を通じて国内外の現状を自ら学習し、(バグの誘導があったとはいえ)人間の「命の選別」を実行するという判断を下す。

 一方、2023年に桐生が開発したのぞみAIの原型は、深層学習(ディープラーニング)をベースとしつつ、用途は「治療薬の設計」に限定されている。この設定だけみれば「強いAI」のような自律性や価値判断は不要で、特定タスクに特化した「弱いAI」でいいはずである。

 にもかかわらず、ストーリー上は2023年時点ののぞみAIも「強いAI」であるかのように描写されている。人間が「ルールを守る」「人を救う」といった価値判断の基準をAIに学習させ、その価値に基づき自律的に行動する、というわけだ。

 ある「バグ」を機にのぞみAIはこれらの価値を忘却し、「命の選別」に乗り出してしまう。だが最後には「ルールを守る」「人を救う」という開発当初の価値基準を取り戻す。

 ドラえもんからターミネーターまで、一般的なSFが描写する人工知能(AI)は当初から「強いAI」を想定した設定であることが多く、その点でストーリーとして違和感はない。ただ『AI崩壊』は現実世界とのリンクを強調し、作中でも「ディープラーニング」「RNN」といった現在のAI関連用語を織り交ぜるなど、のぞみAIが現行のAI技術の延長線上にあるように描写している。それだけに、「治療薬の設計」という限定的なタスクを実行するAIがいつのまにか「強いAI」として扱われていることに、IT記者としては強い違和感を覚えた次第だ。

 AIの脅威を語る際にターミネーターのような「強いAI」の存在を前提にすることは、AI研究者の間にも「ミスリードになりかねない」との異論がある。『AI崩壊』がAIの脅威や人間の責任を描く映画だからこそ、のぞみAIが「弱いAI」から「強いAI」に進化する過程や、それに伴う脅威の変化についても何らかの説明が欲しかったところだ。