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 先日、BIPROGYが2022年に起こした兵庫県尼崎市におけるUSBメモリー紛失事件に関する報告書を読み返していたところ、ある記述が目に留まった。興味深くあり、かつ目を疑うようなものだ。

 USBメモリーを紛失したのは、BIPROGYが尼崎市の承認を得ず業務を再々委託していた協力会社の社員である。このような無承認の再委託が常態化していた背景として、協力会社の社員が「名刺交換の際には、『名刺を切らしている。』等とし、会話においても実際の社名を明らかにしないよう、暗黙の了解の下、実務が運用されていた」(報告書の原文ママ)というのだ。

BIPROGYが公表した尼崎USBメモリー紛失事件の第三者委員会調査報告書
BIPROGYが公表した尼崎USBメモリー紛失事件の第三者委員会調査報告書
(画像:BIPROGY)
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古来より続くIT業界の「非常識」

 挨拶の際の「名刺を切らしておりまして…」という口上は、システム開発の現場では半ば常識となっている「非常識」である。読者の皆さんには、どういう状況で使うものか思い当たる方も少なくないだろう。

 これは多重下請け構造のIT業界に多く見られる言い回しである。再委託先である協力会社の社員が本来雇用関係にある協力会社の社名を隠し、委託先の社員であるかのように振る舞う際に使われることが多い。

 一次請けである委託先企業に常駐して開発業務などに携わる場合、委託元企業と打ち合わせなどで名刺交換する機会は少なくない。だが再委託先企業の社員は委託先企業の名刺を持たない。委託元企業は自身を委託先企業の社員だと思っているため、自身が雇用関係にある協力会社の名刺を渡すわけにはいかない。「名刺を切らしている」はそうした状況で自身の身元をごまかすための苦肉の策というわけだ。

 記者が2010年代前半から中盤にかけIT業界にいた際にも、似たような状況を見聞きしたことが何度かある。それ以前からずっと行われてきた慣例だということも、周囲の話を聞く中で知ることとなった。だが当時より10年近くたった今、まさか令和になってもそのようなおかしい慣例が続いていることはないだろうと思っていたところ、BIPROGYの報告書で記述を見つけ驚いたわけだ。

BIPROGYは今後「再委託について、顧客の承認が必要な場合は承認を得た上で再委託をする」としている
BIPROGYは今後「再委託について、顧客の承認が必要な場合は承認を得た上で再委託をする」としている
(写真:日経クロステック)
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 BIPROGYの場合、尼崎市が無許可での再委託を禁止していた。にもかかわらず、BIPROGYは尼崎市の許可を得ずに再委託をしていた。それを隠すため現場に所属企業を名乗らせなかったようにも想像できてしまう、悪質性があるとも捉えられかねないケースだ。これがBIPROGYや再委託先企業の指示によるものだったのか、BIPROGYに問い合わせたところ「報告書の個々の記載に関する質問への回答は控える」との回答を得た。