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 「人工知能(AI)が進化しても翻訳家の仕事はなくならないと思うよ」。先日、妻と話をしていたときに、こんなことを言われた。妻は最近、在宅でもできる仕事として翻訳を始めた。仕事の情報収集をする中で、AIによる機械翻訳の話題を目にすることがよくあるという。

 翻訳業界では、機械翻訳の台頭によって「ポストエディット」と呼ばれる仕事の需要が急速に高まっている。機械翻訳の文章を修正して、人による翻訳に近づける仕事だ。翻訳会社が、こうした仕事に従事する「ポストエディター」の専門コースを設けるなどの動きもある。いうなれば、「AIを使いこなせる能力を持つ人」を育成する取り組みだ。

 近年、機械翻訳は目覚ましい進化を遂げている。機械学習や深層学習によるアルゴリズムが進展したことや、クラウドという膨大なコンピューターリソースを活用できるようになったことなどが理由だ。少し前には、ドイツのDeepL GmbHが開発した「DeepL翻訳」の翻訳精度の高さが話題を呼んだ。「Google翻訳」以上に自然な翻訳文を出力するといった評判から、仕事などに活用している読者も多いと思う。

 ソースネクストのAI翻訳機「ポケトーク」シリーズは、初代の発売から約3年で出荷台数が80万台(2020年11月時点)を突破した。2019年に大学・短大へ入学した学生数約70万人(総務省の統計)よりも多い。多くの人が、当たり前のように機械翻訳を使うようになりつつある。

翻訳家の仕事は二極化するとの見方

 翻訳家の人たちは、こうした機械翻訳の進化をどう受け止めているのか。妻に聞くと、一定の実力は認めつつも冒頭の「翻訳家の仕事はなくならない」という意見が多くを占めているそうだ。例えば、DeepL翻訳は、AIが「理解」できなかった文脈があると、翻訳せずに文章ごと飛ばしてしまうことがある。ちょっとした調べごとなどであれば問題ないが、ビジネスの契約などには怖くて使えないだろう。

 翻訳家の間では、機械翻訳への理解が浅いまま社会へ普及していることを懸念する声が広がっているという。翻訳家から見ると「とんでもない」誤訳がある英語版のWebサイトや報道発表資料などからの翻訳が多いそうだ。DeepL翻訳やGoogle翻訳など、無料で利用できるサービスが多いことの弊害ともいえる。

 では、機械翻訳がさらに進化したらどうなるか。筆者は、翻訳家の仕事は今後、二極化していくことになると考える。スキルの低い人はAIとポストエディターの組み合わせなどに淘汰(とうた)される一方で、ITなどの専門技術や文芸、知財、法務といった分野の第一線で活躍する翻訳家の仕事は、なくならないとの見方だ。こうしたスキルの高い人たちは、原文に「何が書かれているか」だけではなく、「書き手が何を伝えようとしているか」をくみ取って翻訳文を構成する。このため現在の機械翻訳は、翻訳の専門家からすると「一見自然に見えるものの翻訳文としての完成度は高くない」という。

 翻訳を勉強する過程で機械翻訳の文章を参考にすると、特有の訳し方の癖がつくので使わないほうがいいなどの意見を持つ人も多いそうだ。彼ら彼女らにとって機械翻訳は「商売敵」でもあるので話半分に聞くべきだとは思うが、文章を生業(なりわい)とする記者の身として納得できる部分もある。