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避難民に「尊厳ある生活」を提供するプロジェクト

 バルベック氏は戦争が始まってすぐ、自ら設計して共同所有もしているカフェを拠点に、10人のボランティアと炊き出しにいそしんだ。キーウの領土防衛隊(ウクライナの民兵部隊)や医療スタッフと患者、高齢者などに1日当たり最大1万2000食を提供する取り組みだ。

病院などに無償で食事を届けるボランティア活動の様子(写真:balbek bureau)
病院などに無償で食事を届けるボランティア活動の様子(写真:balbek bureau)
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 しばらくして、設計事務所として戦時下にどのように活動すべきか、方向性が固まってきた。「戦争が始まってから最初の数日間はぼうぜんとしていたので、次に何をすべきか考えるのに少し時間がかかった。結果として、自分たちのチームとウクライナ経済を支えるため、国際的なプロジェクトに取り組み続けることにした」。バルベックで広報を担当するエヴゲーニヤ・ライズハク氏はこう説明する。

 バルベックの所員の多くは欧州に拠点を移し、残りは安全なウクライナ西部に滞在することにした。進行中のプロジェクトの大半は地元の案件で、中断してしまったため、他国の新規顧客の獲得などに力を入れている。一方、所員の中には国を守るために領土防衛隊に加わった者もいるという。

 仕事の傍ら、世界の仮設住宅などを20以上も分析してつくり上げたのが、22年3月21日に発表した「RE: UKRAINE」と呼ぶ提案。居室、キッチン、サニタリー(バスルームなど)、パブリック(共用スペース)という4種類のモジュールを柔軟に組み合わせて、帰国した難民や住まいを破壊された人々が「まともに暮らせる街」をつくる構想だ。「住まいを奪うことはできるが、尊厳を奪うことはできない」(バルベック)

balbek bureauで「RE: UKRAINE」と呼ぶ避難民向けのプロジェクトを担当したメンバー。左端がスラバ・バルベック氏(写真:balbek bureau)
balbek bureauで「RE: UKRAINE」と呼ぶ避難民向けのプロジェクトを担当したメンバー。左端がスラバ・バルベック氏(写真:balbek bureau)
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「RE: UKRAINE」のイメージ。モジュール建築を組み合わせて街区をつくる(資料:balbek bureau)
「RE: UKRAINE」のイメージ。モジュール建築を組み合わせて街区をつくる(資料:balbek bureau)
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モジュールは木造で、サイズは幅3.4 m、奥行き6.75m、高さ2.95m。費用は1m2当たり350~550ドルと見積もった(資料:balbek bureau)
モジュールは木造で、サイズは幅3.4 m、奥行き6.75m、高さ2.95m。費用は1m2当たり350~550ドルと見積もった(資料:balbek bureau)
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 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、ウクライナから国外へ逃れた難民は400万人超、国内で避難を余儀なくされている人は650万人を超えるとされる。仮設であっても過ごしやすい住居とコミュニティーを提供することは、喫緊の課題だ。バルベックはウクライナ西部での構想実現に向けて動き始めている。

 リプラスとバルベック、2者の活動からは、建築の本質が「人を守ること」なのだと、つくづく思い知らされる。人類が風雨から身を守るために洞窟をシェルターとして利用していた頃から、それは何ら変わっていない。

 ウクライナ危機を受けて、世界で活躍する著名建築家の一部が、ウクライナへの連帯とロシアへの非難を表明した。筆者はこうしたスターアーキテクトの事務所にも連絡を取り、声明を出した理由などを尋ねてきた。そのやり取りの中で、上述の「建築の本質」に関して印象に残った言葉があるので、最後に紹介しよう。

 過去にメルセデス・ベンツ博物館(ドイツ、2006年)などを手掛け、現在は設計を担当したオランダ宿泊予約サイト大手Booking.com(ブッキング・ドット・コム)の本社ビルが建設中のUNStudio(ユーエヌスタジオ)でPRマネジャーを務める、カレン・マーフィー氏のメッセージ。

 「つまるところ、築き、手助けし、守るのが私たちの仕事。破壊と暴力は、私たちがしていることと正反対なのだ」