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 ガラスの内側をテープで留めると、部屋に飛び込む破片を減らせる。通行人への被害を減らすには、できれば外側にも。ウクライナの安価な窓や複層ガラスには強化ガラスが使われていないので、割れると大きな破片が飛び散って危険――。ウクライナ西部の都市リビウを拠点に建築設計やインテリアデザインを手掛けるreplus bureau(リプラスビューロー、以下リプラス)はロシアのウクライナ侵攻以降、インスタグラムにこのような投稿を載せるようになった。

リプラスがインスタグラムに投稿した写真。左の投稿は、窓ガラスの補強について記したもの(資料:replus bureau)
リプラスがインスタグラムに投稿した写真。左の投稿は、窓ガラスの補強について記したもの(資料:replus bureau)
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 2022年2月24日以前の投稿は文章が少なめで、古い工場の趣を生かしながらリノベーションしたオフィスや、若者が好みそうな内装デザインのクラブ、モダンなインテリアが目を引く住宅などの写真が見る者を楽しませていたが、今は破壊された建物の写真に、こんなメッセージが添えられている。「出入り口が1つしかない自宅の地下室は一種のわなです! 被害が小さくても閉じ込められてしまうかもしれません」

 ロシア軍のウクライナ侵攻から40日以上がたち、ウクライナの人々は悲惨な非日常を、日常として生きなければならなくなっている。一方で、人々は嘆き悲しんでいるばかりではない。平穏な日々を待ちわびながら、それぞれがやるべきこと、できることと向かい合っている。建物の設計を通じて社会生活の舞台を整え、演出してきた建築設計者も同様だ。

 「勝利の後、建築家には多くの仕事がある。私たちはクールにできる限りのことをする!」。投稿の中にこんな一文を見つけ、筆者はリプラスに連絡を取ることにした。戦渦に巻き込まれたウクライナの建築設計者が、切羽詰まった状況で何を考え、どのような行動を起こしたかを知れば、建設分野に携わる日本の読者はこの戦争を「自分の問題」として捉えやすくなるだろう。さらには、自らが社会で果たすべき役割について、読者が改めて思いを巡らすきっかけになるとも感じた。

 しばらくして返信をくれたリプラスによると、ロシアのウクライナ侵攻が始まってから、同社のメンバーは設計者であることを生かして軍や避難民を支援するボランティア活動に従事してきたという。「軍向けには何年も使われていない政府施設を、避難民向けにはスポーツ施設やオフィスなどを、ニーズに合わせて手入れし、提供している」(リプラス)。3月末までに5施設の整備を支援した。

 リビウにある子どもと青少年のためのスポーツスクールでは、ベッドルームなどをしつらえて最大132人を収容できるようにした。激戦地となったウクライナ第2の都市ハリコフで活動する2つの設計事務所との共同プロジェクトだ。施設運営に必要な資金や物資については、SNS(交流サイト)で支援を呼び掛けている。

リビウのスポーツスクールでのプロジェクトでは、replus bureauとDrozdov&Partners、Ponomarenko Bureauの3つの設計事務所が共同で実施した(写真:replus bureau)
リビウのスポーツスクールでのプロジェクトでは、replus bureauとDrozdov&Partners、Ponomarenko Bureauの3つの設計事務所が共同で実施した(写真:replus bureau)
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 やがて始まるウクライナの復興で、どのようなことに取り組みたいか。筆者が問いかけると、次のような答えが返ってきた。「どうだろう。思慮に富んだ、そして進歩的なものをつくることが大切だ」

 設計者としてのスキルを生かして活動するのはリプラスだけではない。首都キーウ(キエフ)を拠点に、古い武器庫を改修したフードコートからIT企業のワークプレイス、個人住宅まで幅広く手掛けるbalbek bureau(バルベックビューロー、以下バルベック)もそんな設計事務所の1つ。国内外で建築やインテリアデザインの賞を獲得してきた実力派だ。筆者は同社にも、リンクトインなどを通じて連絡を取った。何日かして、バルベックの創設者であるスラバ・バルベック氏から返事が届いた。

破壊された建物の前に立つスラバ・バルベック氏(動画:balbek bureau)