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 「今日の会見で注目すべきところは、トヨタ自動車(以下、トヨタ)がいかにEVに積極的になったかではなく、経営の柔軟性ですよね?」──。トヨタが新たな電気自動車(EV)の戦略を発表し、多くの報道陣が集まった2021年12月14日の説明会。会見終了後、会場に残っていた同社社員を見つけて駆け寄った記者は、こう確認した。すると、その社員は首をゆっくりと縦に振りながら「実はそうなんですよ」と答えた。その表情からも伝えたいことが伝わったという満足感が読み取れた。

新EV戦略を発表する豊田社長
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新EV戦略を発表する豊田社長
多くの報道陣が集まった。(写真:日経クロステック)

 トヨタがこの会見を開いた狙いは、「トヨタはEVに消極的」とみるメディアを黙らせることにあったと記者は受け止めている。それを象徴するのが、豊田章男社長が発した「350万台、30車種でも前向きではないというのであれば、どうすれば前向きと評価されるのか、逆に教えてほしい」という言葉だ

* 2030年に年間350万台の世界販売台数を目指し、同年までに30車種のEVを展開するとトヨタはこの会見で発表した。

 だが、同社が20年来続けてきた自動車開発の「全方位戦略」について、その技術的な背景を理解しているメディアは、トヨタがEVに後ろ向きではないことなど、とうに知っている。時間軸の問題で、機が熟す(顧客が望む)のを待っていただけだ。「これまでエンジン車やハイブリッド車(HEV)にこだわり続けたトヨタが、ついにEVに本腰に」などとは、恥ずかしくて書けない。

 製造業の視点から見た場合に、この会見のサプライズであり学ぶべき点は、経営に関するトヨタの驚異的な柔軟性だ。これが、トヨタの新EV戦略の会見から記者が感じ取ったニュースバリュー(価値)である。

わずか2カ月で「+150万台」に対応

 2021年10月18日、トヨタは米国で車載用電池(以下、2次電池)生産に約3800億円を投じると発表した。その時点において、同社のEV(正確にはEV+FCV)の年間の世界販売台数の目標は「2030年までに200万台」だった。トヨタはこの目標を、わずか2カ月あまりで一気に150万台(350万台-200万台)も増やしたのである。

高級車「レクサス」初のEV専用モデル「RZ」
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高級車「レクサス」初のEV専用モデル「RZ」
(写真:トヨタ自動車)

 年間150万台のクルマといえば、SUBARUの世界販売台数を優に超え、マツダのそれに匹敵する規模である。現在、世界最大のEV専業メーカーである米Tesla(テスラ)の2021年の世界販売台数は93万6000台だ。Teslaの1.5倍分、マツダ丸ごと1社分の「EV専業メーカー」を新たに興す規模の目標と言っても過言ではない。その目標を、ほんの2カ月で決断して世界に発表したというわけだ。

 宣言するだけなら難しくはない。例えば、ドイツMercedes-Benz Group(メルセデス・ベンツグループ、旧Daimler〔ダイムラー〕)は、市場が整うという条件付きで2030年までに全ての新車をEVにすると宣言した。ホンダも、2040年以降に世界で販売する新車を全てEVかFCVにすると宣言し、「まさかHEVまでやめるのか」と世間を驚かせたのは記憶に新しいところだ。

 だが、両社に聞きたい。「具体的にはどのようにして、エンジン車だけではなく、HEVもプラグインHEV(PHEV)も廃止して、新車の全量をEVにするのですか」、そして「2030年、もしくは2040年に年間でどれくらいのEVを販売する目標なのですか」と。

 これらの質問に正対する説得力のある回答(説明)を、少なくとも記者は知らない。自動車産業のピラミッドの頂点に君臨する自動車メーカーは、部品・材料メーカーや設備メーカーをはじめ、製造業に与える影響が非常に大きい。厳しい言い方かもしれないが、その自動車メーカーが、単に「将来、100%EVを目指します」と宣言するだけでは、あまりに無責任ではないだろうか。現に、自動車業界からは「株価対策ではないか」(ある自動車メーカーOB)と疑う声すら上がっているのだ。

トヨタが披露したEVの外観デザイン
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トヨタが披露したEVの外観デザイン
(写真:日経クロステック)

 トヨタはこうした企業とは一線を引いた。豊田社長は「これまでカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)の動きとして世の中に出た数字は、2050年や2040年などでの目標値だった。我々は目標値を掲げて『後は知らない』といった言い方はしたくない」と説明。乗用から商用までフルラインアップで30車種のEVを市場投入すると宣言し、そのうち16車種の外観を見せた(モックアップを含む)。そして、「ほとんどがここ数年で出てくるモデル」だと同社長は付け加えた。その上で、2030年までに2次電池関連に2兆円、車両開発に2兆円の合計4兆円をEV関連に投じる計画も明らかにした。

 協力会社などへの自社の発言力の大きさを自覚するが故の言動だろう。中でも、記者がトヨタの用意周到さと生真面目さを同時に感じたのは、2次電池の材料の確保にまで同社が言及した点だ。