「おい、あっちの観客席を見てみろよ。意外な人物が来ているぞ」。2014年6月5日の昼下がり、千葉県浦安市の舞浜アンフィシアター。筆者がステージの右手後方席に腰掛けると、近くにいたライバル紙の記者がいぶかしげに目配せしてみせた。
視線の先にあったのは台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の創業者、郭台銘(テリー・ゴウ)氏の姿だ。米Apple(アップル)のスマートフォン「iPhone」などの大量生産を引き受け、一代で鴻海を電子機器受託製造サービス(EMS)の世界最大手に育て上げた立志伝中の経営者である。
会場では、ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏(社名・肩書は現在)によるプレゼンテーションが間もなく始まろうとしていた。日本経済新聞が同日朝にスクープした「ソフトバンク、ロボット事業参入」について孫氏はどのように語り、何を見せるのか。そして著名経営者の郭氏が多忙なスケジュールの合間を縫って来日し、会場に顔を見せた目的は何か。筆者を含め、多くの報道関係者は固唾をのんで会見時間を今か今かと待ち構えていた――。
孫正義氏とテリー・ゴウ氏、ジャック・マー氏の豪華なアピール
いきなり古い話ばかりで恐縮だが、孫氏が「人とロボットの共生」を掲げてヒト型ロボット「Pepper(ペッパー)」を猛烈アピールしていた2014~2015年は、筆者にとっても思い出深い出来事が少なくない。当時、筆者は日本経済新聞で通信業界をカバーするチームに所属していた。このチームが七転八倒しながら最初のスクープをものにしたのだが、その後もソフトバンクグループには驚かされることばかりだった。
一例が、会見でステージに上がったメンバーの豪華さだ。2014年6月の披露会見では前述の通り、孫氏のほかにペッパーの受託生産を担うという鴻海の郭氏が登場した。正直言って「ひょっとして記事の内容よりも大きなネタを発表するのではないか」と内心ヒヤヒヤしたものだ。さらに、ペッパーの一般販売開始に先駆けた2015年6月18日の会見では、孫氏と郭氏に加えて中国アリババ集団創業者の馬雲(ジャック・マー)氏も登場。時代の寵児(ちょうじ)たちによるスリーショットは圧巻の一言だった。
サプライズはほかにもあった。2014年6月の会見の直前、筆者はペッパーの本体価格について複数のソフトバンク関係者に探りを入れていた。その過程で、こんなやり取りがあったことを覚えている。「自動車1台分ぐらいお金を出さないと買えないんじゃないですか」「そこまで高くないかもしれませんね。もしかするとお給料で買えたりして」「いやいや、そんなに安いはずがないでしょう」
こうした会話からほどなくして公式発表があり、本体価格が19万8000円(税別)と判明。アプリケーションなどコンテンツ利用のための月額基本料や保険料金が別途かかるものの、想定をはるかに下回る値付けにはかなり驚かされた。ペッパーの人気はうなぎ登りだった。2015年6月の初回販売分1000台が予約受け付け開始から1分で完売。その後も追加販売のたびに即完売する状況が続いた。
華々しくデビューしたペッパー。それだけに現状とのギャップは大きい。