「目指すは、棋士とAIの『人機一体』です」
囲碁AIを積極的に活用することで知られる日本棋院所属のプロ棋士、大橋拓文六段が語った言葉だ。
2019年4月18日、グロービスと日本棋院、囲碁AI「AQ」開発者の山口祐氏、トリプルアイズの4者合同で、囲碁AI世界一と若手棋士育成を目指す「GLOBIS-AQZ」プロジェクトを発表した。大橋六段もテクニカルアドバイザーとして参画する。
人間がAIに対抗するのではなく、人間がAIを上手に乗りこなし、互いに成長する――。こう書くと、プロ棋士の世界で人とAIが理想的な関係を構築しつつあるように思えるが、現実はもうちょっと複雑である。
人がAIを乗りこなすのか、それともAIが人を乗りこなすのか。囲碁AI活用の最前線に立つ大橋六段に伺った話を基に、AIと人間を巡る未来の一端をのぞいてみたい。
AlphaGoが囲碁界を激変させた
英ディープマインド(DeepMind)の囲碁AI「AlphaGo」が韓国トップ棋士を打ち負かしてから3年。世界の囲碁界は激変した。
AlphaGoの偉業に続けとばかりに、AlphaGoの手法を参考に中国騰訊控股(テンセント)の「絶芸」や日本発の「DeepZenGo」が開発され、相次ぎプロ棋士を撃破。深層強化学習をベースとした囲碁AIが人間を凌駕(りょうが)することが決定的になった。
AQを開発する山口氏は、現在の囲碁AIについて「対局成績に基づくレーティングは、トップ棋士が3650、AQが4200~4300、中国の絶芸が4800、AlphaGoは5200ほどだ」と語る。現在のAQもプロ棋士には95~99%の勝率を誇るというが、絶芸やAlphaGoはさらに高い地平に立つ。
オープンソース化で囲碁AIが身近に
次の転機は2017年末から2018年前半にかけて起きた。囲碁AIのオープンソースソフトウエア(OSS)が相次ぎ公開され、囲碁AIはプロ棋士にとって一気に身近になったのだ。
まずベルギーの技術者が2017年10月に「LeelaZero」を公開。続いて米フェイスブック(Facebook)が2018年5月に「ELF OpenGo」を公開した。いずれも、人間が作成した事前知識なしに学習するAlphaGoの新版「AlphaGo Zero」のオープンソース実装といえる囲碁AIだ。
日本のプロ棋士は競って囲碁AIを導入し、Amazon Web Services(AWS)などが提供するGPUインスタンスを使ってパソコン端末から利用できるようにした。
既に10代の棋士は、囲碁AIの活用が当たり前になっているという。対局後、初手から局面を振り返り最善手などを検討する「感想戦」において、パソコンを横に置いてAIの評価値(AIが算出した勝率)を参考にしながら検討している。
今の囲碁AIソフトは、実力に加えて棋士にとって使いやすいようインターフェースも進化している。「ある打ち手候補に対し、その30~50手後の主な想定図を表示できる」(大橋六段)。