新築のクルーズターミナルが美術館に早変わり? そんな光景を見に、誰もいない休館中の施設を特別に訪問する機会を得た。施設の多目的利用の好例として、紹介したい。
2021年4月25日、東京・大阪・京都・兵庫の4都府県に、3度目となる緊急事態宣言が発令された。ゴールデンウイーク直前のタイミングとあって、大型連休中に予定されていたイベントなどは軒並み、中止や休止、延期を余儀なくされている。飲食店や商業施設、エンターテインメントやアートなどの施設や主催者は対応に追われている。
国立新美術館で開催中だった「佐藤可士和展」が会期途中で終了になったのには驚いた。建築関係者も学ぶべきことが多い展示内容だっただけに、残念でならない。
実を言うと筆者は連休前に、イベント関連の記事を幾つか出そうと仕込んでいた。しかし急に休止や延期などが決まったものが多く、掲載をしばらく見送ることにした。
そんな中、1つだけ出そうと決めたのが今回の話である。アート作品の展示なのだが、設置場所がユニークなので建築目線で取り上げたい。ある意味、コロナ禍でなければ、なかなか見られない光景を筆者は目撃できた。
20年9月10日に東京・お台場でオープンした新施設「東京国際クルーズターミナル」をご存じだろうか。東京の新たな海の玄関口として開館し、世界最大のクルーズ客船にも対応できる。レインボーブリッジの下をくぐれない大型クルーズ船も、ここなら寄港できる。
コロナ禍で開館が延期されてきたが、施設を見学できるようにと20年9月に一般公開された。国際クルーズ船は当面、寄港の予定がない。
お台場の中でも東京湾に向かってせり出した位置に、ターミナルビルは立っている。最寄り駅は、モノレールゆりかもめの「東京国際クルーズターミナル」である。
ビルは海側の先端に浮かぶように立っているため、駅から徒歩8分ほどかかる。ビルまでの長い連絡通路には屋根がなく、天気が悪い日に歩くにはちょっと遠い。幸い、筆者が訪れた日は晴れていた。
20年12月末、東京国際クルーズターミナルは一般公開を休止して休館した。以来、21年4月末現在、扉は閉じられたままだ。
本来は立ち入れない21年4月初め、筆者は特別に入館の許可を得た。来館者がいないターミナルビルの中で、ひそかにアート作品の展示準備が進んでおり、それを見学できる機会を得たのだ。担当者に門を開けてもらい、連絡通路を2人で歩いてビルに向かった。他には誰も見当たらない。
20年7月に竣工したターミナルビルを独り占めするかのように、建物を眺めた。施設は地上4階建てで、高さは35m。延べ面積は約1万9000m2ある。
設計者は安井建築設計事務所(大阪市)。波や帆をイメージしたという反った屋根や軒、外周を取り囲むバルコニーが目に付く。
内部に足を踏み入れ、3階に移動すると、クルーズ船に乗り降りする人たちが集まる巨大な空間が広がっていた。このフロアだけで、約3000m2あるという。同規模のスペースが2階にもある。
4階には送迎ラウンジやデッキがある。海側のバルコニーに出ると、目の前に東京湾が広がっていた。ターミナルビルは、海上に設けられた人工地盤に立っているのだ。
筆者が3階の巨大なスペースに着いたとき、その場には誰もいなかった。ただ、大きなディスプレーに映像が流れていた。人けがないと、余計に大きな空間に思える。
フロアの北側の端、先ほど通ってきた連絡通路に近い位置に、筆者の目的の展示物はあった。
展示物は鏡面加工を施した、透明な箱のようだ。箱に周囲の海や建物が映り込み、景色に溶け込んでいる。
アート作品は箱の中にあるという。早速、箱の扉を開けて中に入れてもらうことにした。すると、この日設営中だった3人のアーティストが姿を見せた。
箱の中には長椅子のような黒い装置が横たわっていた。筆者が19年に一度体験している「あの椅子」である。まさか海辺に新設されたクルーズターミナルで再会することになるとは、全く想像していなかった。
もっとも、装置は同じだが、体験は全く違うものになっていることを、この後知ることになる。