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 「トヨタの店にクルマを買いに行ったのに…何だよ、あの対応は?」。ある男性が父親に文句を言った。彼の父親はトヨタOB。望んだのは「ランクル」、すなわち4輪駆動タイプの高級車「ランドクルーザー」だった。父親が彼に行った店を聞くと「トヨペット店」だという。彼いわく、店員から「うちでは売ってないので、別の店に行ってください」と、まるで木で鼻をくくったような対応で、「せっかくこの店で買おうと思っているのに、よその店に行けとはどういうことか」と、しばらく男性は憤まんやるかたない様子だったという。

 なぜこのようなやり取りになってしまうのか。自動車業界やトヨタ車好きの人ならともかく、分からない人も結構いるのではないだろうか。クルマの技術には詳しくても、販売面となると意外に関心がない人もいるだろう。実は、ランクルは「トヨペット店」では販売されていなかった。買いたいなら「トヨタ店」に行かなければならなかったのだ。冒頭の男性はこれまで輸入車ばかり乗り継いできて、ランクルは初めて購入するトヨタ車だったという。どの販売店に行けばよいか知らなくても不思議はない。

トヨタモビリティ東京落合店
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トヨタモビリティ東京落合店
元カローラ店。2020年3月に入って急きょ改装工事を行っていた。(写真:日経クロステック)

 トヨタ自動車は5つの販売チャネルを持つ。トヨタ店とトヨペット店、「カローラ店」、「ネッツ店」、そして「レクサス店」だ。このうち、レクサス店はクルマのブランド名もマークも違うので間違える人はほとんどいないと思う。だが、トヨタ車を扱う4つの販売チャネルの違いを知っている人は限られるのではないか。ざっくり言えば、購買層の違いだった。購買力の高い顧客から順にトヨタ店からネッツ店まで4階層に分かれていたのだ。それ故に、販売店によって取り扱う車種が異なっていたのである。

 と、ここまで「いた」という過去形の表現に終始していた訳をお話ししたい。トヨタ自動車が2020年5月から販売店ネットワークの改革を断行したことだ。これにより、4つの販売チャネルが、全ての種類のトヨタ車を売れるようになった。もうトヨペット店にランクルを買いに来たお客を怒らせることはなくなったのである。

 それだけではない。東京では先駆けること1カ月前の同年4月に、4つの販売チャネルの名前が消滅。それらを統合し、「トヨタモビリティ東京」という看板に掛け替えて再スタートを切ったのだ注)

注)それならいっそのこと、販売チャネルを「トヨタモビリティ」に統一すればよいのではないかとの問いに、トヨタ自動車広報部は「地場の資本が入っていることやお客様に親しまれているなどの関係があるため、地域ごとに判断する。東京は(トヨタ自動車の)直営店であることもあって先行して4つの販売チャネルを統一できた」と回答した。

競争原理の導入

 総じてトヨタ車は売れている。世界でも、日本でもだ。にもかかわらず、なぜトヨタ自動車は販売店改革を断行したのか。その理由は同社の危機感だろう。いや、もっと元をたどれば、同社社長の豊田章男氏の危機感にまで遡れるのではないか。

 多くのハードウエア製品がそうだが、自動車にとっても日本は縮小市場だ。人口がピークアウトしているだけではなく、若者を中心に「クルマ離れ」が指摘されて久しい。逆立ちしても、日本市場全体の自動車販売台数が増えることはもうないだろう。ところが、「パイ」が小さくなっているにもかかわらず、トヨタの販売店の中には「非常に努力している会社と、それほどではない会社があった」と冒頭のトヨタOBは言うのだ。

クラウン(左)とヤリス(右)
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クラウン(左)とヤリス(右)
1台当たりの利益が7倍以上違うとみられる。(出所:トヨタ自動車)

 「クラウン」など比較的高価なクルマを扱うトヨタ店の中には「顧客対応がよくない店もある」(同OB)。1台当たりの利益が大きいからだ。端的に言えば、人気車のクラウンを扱っていれば、顧客の方から足を運んでくるし、大きく稼げる。しかも、そのクラウンはトヨタ店の“独占販売”だったのだ。

 対照的に、ネッツ店が扱うコンパクトカー「ヴィッツ(現ヤリス)」は安価であることから、台数は売れるものの、利幅は小さい。しかし、だからといって適当な顧客対応でクルマが売れるわけがない。そのため、「顧客対応の良い店が比較的多い」(同OB)というのである。

 どれくらい利益が違うのか。トヨタ自動車は明かさないが、クラウンを1台販売して得られる利益は、ヴィッツ7~10台分とみられる。いくらヴィッツが安価だからといって、7台以上も売る販売店の労力は大変なものだろう。当然、ネッツ店からは「クラウンを代表とする高級車を販売させてほしいと望む声が上がっていた」(同OB)という。