国連が2022年7月に発表した「世界人口推計(World Population Prospects:WPP)2022」によれば、2050年の世界人口は約97億人(中間値)と、2021年よりも約18億人増加する見通しだ。国連食糧農業機関(FAO)の推定によると、この増加と富裕化を続ける人口を養うために、2050年までに農業生産量を現在より60%も増やす必要があるという。かなり大きな数字である。
一方で、FAOによると、世界の食用作物の最大40%が、植物病害虫の被害によって失われており、これによる農産物貿易の損失は、年間2200億ドル以上にのぼるという。農業生産量を大幅に増やすためにも病害虫被害の低減は喫緊の課題になっている。
これまで病害虫の駆除には、主に化学合成農薬が用いられてきたが、近年は病害虫が「薬剤抵抗性」を持つようになり、農薬が効かなくなってきたことが指摘されている。薬剤抵抗性とは、農薬が効かない遺伝子をたまたま獲得した個体が生き残り、その後、世代交代を繰り返すことで、いずれ大半の個体が抵抗性遺伝子を持つようになる現象である。
そこで農薬に頼らない病害虫の駆除方法の開発が待ち望まれている。大阪大学 レーザー科学研究所の藤寛特任教授と山本和久教授らの研究グループは2023年1月、レーザー学会学術講演会第43回年次大会で「青色半導体レーザーを用いた害虫の撃墜」という新技術を発表した(図1)。レーザーで病害虫を撃ち落とすための急所を世界で初めて発見し、実際に「大型昆虫を撃墜するのに成功した」(藤氏)ことが開発のポイントである。
今回、“標的”にしたのは薬剤抵抗性を持ち農作物に大きな被害をもたらしているハスモンヨトウというガの一種である。農林水産省が「指定有害動植物」に指定している病害虫で、野菜、畑作物、花卉(かき)、果樹にまで広く被害を及ぼす。その幼虫は、とにかく食欲が旺盛で、一晩でキャベツなどが食い荒らされることもあるという。
実は、レーザーによる病害虫の駆除技術には先例がある。有名なのは、米Microsoft(マイクロソフト)共同創業者のビル・ゲイツ氏が立ち上げたゲイツ財団が開発を支援する、マラリアを媒介する蚊をレーザーで撃ち落とす病害虫駆除システムである。
しかし、マラリア蚊とハスモンヨトウでは、大きさなどがかなり異なる。蚊の成虫は体長が約4~5mmなのに対し、ハスモンヨトウは約15~20mmと大きい。飛行速度も蚊の約0.7m/秒に対して、約2m/秒と速い。蚊の場合は、パルスレーザー1発で全身に照射できるが、ハスモンヨトウのサイズになると急所に当てないと、羽など一部が損傷するだけで撃ち落とせない。
そこで藤氏らは、ハスモンヨトウの体の8カ所に対してレーザーの出力を5~20Wまで変えて照射する実験を行った。8カ所とは、顔、羽、触角、胸部、お尻などである。パルス幅は0.1秒なので、1発当たりのエネルギー量は0.5~2J(ジュール)になる。
レーザーは青色半導体レーザーを使った。ハスモンヨトウの体の色は、茶色と淡褐色で青い光の吸収効率が高いことと、青色の半導体レーザーの出力が赤や緑の半導体レーザーよりも高いためだ。
こうして体の異なる部位にレーザーを照射する実験を繰り返し、急所が胸や顔にあることを突き止めた。この知見を基に、カメラの映像からハスモンヨトウが飛んでいる位置を検出し、それを追尾してレーザー光を照射して撃ち落とすシステムを開発した(図2、図3)。「顔や胸に18~20Wのレーザー光を照射すると1発で仕留められる。距離は最大で10m程度まで対応できる」(藤氏)という。