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 センシングやクラウド、AI(人工知能)など各種テクノロジーの進化によって、ここ5年ほどでアスリート試合中のパフォーマンスの測定(以下、トラッキング)は急速に普及した。そのため、スポーツの現場には、選手のパフォーマンスや身体情報に関する膨大なデータが既に蓄積されている。

 スポーツトラッキングが行きつく所まで到達した欧米のスポーツ界で最近、注目度が高まっているのが「脳の可視化」である。言わずもがな、スポーツは肉体の優劣だけで勝敗が決まるものではない。肉体やメンタルをコントロールする脳が重要な要素になる。しかし、これまでスポーツ界では、身長、走力、持久力、筋力など身体能力やスキルで選手を判断する傾向が強かった。トラッキング技術でこれらのデータを容易に取得できるようになった今、脳の可視化によって差異化を図る動きが活発化している。

 象徴例の1つが、2021年4月にスペイン国王杯で優勝したプロサッカークラブのレアル・ソシエダが、脳の認知能力をテストする「NeurOlympics」の使用について、開発元のオランダBrainsFirstと21年から3年契約を結んだことだ。BrainsFirstはこのほか、オランダサッカー協会、オランダのプロサッカークラブ・PSVアイントホーフェンなどにも同テストを提供している。

欧州プロサッカークラブのユースチームで「NeurOlympics」をテストしている様子
欧州プロサッカークラブのユースチームで「NeurOlympics」をテストしている様子
(写真:共同通信デジタル)
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 NeurOlympicsは脳科学者が開発したテストで、もともとは空港の管制官など大量の情報を短時間に適切に判断・処理していくことが求められる職業従事者に向けて提供されていた。これをオランダサッカー協会の要望を受けてサッカー向けに転用したという。

 その背景には、ユース時代の有望選手の中でトップチームで活躍できる選手の割合が少ない、つまり、これまでのタレント発掘に課題があるとの問題意識がある。14年のUEFA(欧州サッカー連盟)のU-17(17歳以下)欧州選手権でオランダ代表は準優勝した。しかし、現在、欧州5大リーグ(イングランド、スペイン、イタリア、ドイツ、フランス)のトップチームで活躍している選手はそのうちの2人にすぎない。身体能力が高くても、プレーのレベルが上がると戦術理解度や試合のペースの向上についていけなくなる選手が多いのだ。将来、エリートレベルに到達できるユース選手は全体の3.5%未満というデータもある。

 なぜ、これが問題なのか。有望な選手を育成して高額の移籍金を獲得するという、欧州サッカークラブのビジネスの根幹に関わるからである。そこで、これまでのようにユースの時点で目に見える指標だけで判断するのではなく、将来性を把握できる認知能力を可視化して選手の評価に加えるというのが、認知能力テスト導入の狙いである。BrainsFirstと契約を結んで、Jリーグクラブへの提供を目指している、共同通信デジタル スポーツデータ事業部スポーツ企画部の前田祐樹氏は「NeurOlympicsのコアバリューは若いタレントの早期発見にある」と言う。

 実際、14~16年にNeurOlympicsのテストを受けた選手285人(平均年齢14.77歳)のうち、スコアが高得点(67~100)だった選手は、19年に中間点(34~66)だった選手に比べて3.5倍、低得点(0~33)だった選手に比べると9.1倍の市場価値に高まったとしている。さらに高得点の選手の市場価値は右肩上がりで上昇したという。

 もちろん、これは将来性を見極めるための一指標にすぎない。現在、トップレベルで活躍している選手の中には、認知能力テストのスコアが良くない選手もいるだろう。しかし、例えば元サッカー日本代表の遠藤保仁選手や香川真司選手などのように、身体能力は突出していなくても、他の選手より周囲の状況をよく把握し、かつ予測能力に優れていて素晴らしいプレーをする選手は確実に存在する。そうした選手を発掘するのに、「脳の可視化」は役立つのかもしれない。