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 大型マイクロLEDディスプレーの活用で、CM撮影が大きく変わろうとしている。演者の後ろにLEDディスプレーを置き、背景としてコンピューターグラフィックス(CG)映像や自由視点の実写映像を表示しながら撮影する。この新たな映像撮影手法はCM撮影を時間や場所の制約から解放する、まさに“どこでもドア”だ。

 リアルの演者と背景映像の合成技術は以前からあった。グリーンバックなどを使うクロマキー合成などだ。ただし、合成映像を自然に見せるには大きな課題がいくつもあり、映像の後処理に膨大な時間とコストがかかっていた。

 最近になって、超大型LEDディスプレーが登場。さらにCGのリアルタイム描画技術が急速に発展して、カメラの画角に合わせた映像を常に描画できるようになった。結果、フルの実写映像と区別がつかない自然さを合成映像で実現できるようになったことが大きなブレークスルーになった。今回、実際のCM撮影現場を取材した。

 舞台は、東京・世田谷にある東宝スタジオの一角にある、対角440インチ(約1120cm)の巨大なLEDディスプレーがそびえ立つスタジオだ。このスタジオはソニーPCLが提供するもので、今回はアパレルブランドのベイクルーズと広告会社のアイレップがクライアントとして利用した。

東宝スタジオ内でバーチャルプロダクションによるCM撮影の様子
東宝スタジオ内でバーチャルプロダクションによるCM撮影の様子
奥に見える、駅舎の映像が表示されているのが440インチ型「Crystal LEDディスプレイシステム」。以前、東京・目黒のソニーPCL本社に設置していたLEDディスプレーの4倍の大きさである。(撮影:日経クロステック)
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 鍵になる技術は、ソニーPCLが提供する「バーチャルプロダクション」という映像撮影手法である*

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 バーチャルプロダクションは、演者や撮影セットはリアルに、背景はCGなどでLEDディスプレーに、というハイブリッドな撮影手法である。具体的には、演者が立つステージの奥にマイクロLEDを用いた大型LEDディスプレー「Crystal LEDディスプレイシステム」を配置してCGを背景表示する。このCGをカメラの視点(位置やズーム)によって変化させることで、あたかもリアルの場で撮影した映像のように見える。

 マイクロLEDディスプレーを用いる強みの1つは、小さなディスプレーをタイルのように多数並べる「タイリング」により巨大なディスプレーを比較的容易に作れる点だ。「有機ELでは複数枚を並べるとどうしてもベゼル(額縁部分)が目立ってしまい、440インチを1枚のディスプレーにすることができない」(ソニーPCLの担当者)。

 バーチャルプロダクションで撮影した映像はクライアントにとっても評価が高い。「バーチャル映像なのに違和感が全くなくて驚いた」(ベイクルーズEC統括Digital Marketing Div. Digital Communication Sec.の馬來真知子氏)。

多様で高頻度なCM撮影に最適

 バーチャルプロダクションは、従来は映画撮影などの限られた環境でしか使われていなかった。それが現在はコロナ禍で急速に利用が拡大している。特にCM撮影は、配信期間のローテーションが短く頻繁に映像を作り直し、バリエーションを増やす必要から撮影する場所や時間帯も多岐にわたる。そうしたことから、ロケが不要で、短期間に完成度の高い映像を多く制作できるバーチャルプロダクションがうってつけだったという。

 今回ベイクルーズは、自らが運営するネット通販サイトのCMを撮影する。同社の馬來氏は「複数のブランドで違う雰囲気を出したいと考えていた。ロケに行けなくても高い品質の映像を撮れることが魅力だった」とバーチャルプロダクションの利用を決めた理由を話す。

 「今日だけで7カ国分のCM撮影を終わらせる」と話すのは、アイレップのプランニング&クリエイティブUnit エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターである平知己氏だ。CMの背景として地中海の船上や、フランスの街並み、米国の駅舎など複数地域のCG映像を用意し、わずか1日でまとめて撮影し終えるという。

 ソニーPCLは、2021年4月に東宝スタジオ内で撮影スタジオをオープン。「これまでは社内のスタジオのみだったが、外部に撮影スタジオを展開していく第一歩になる」(同社ソリューションビジネス部 統括部長の小林大輔氏)。今回が、外部企業がバーチャルプロダクションを映像撮影に利用した初めての事例となる。既に映画撮影での利用予定も入っているという。