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 日本興業、第一勧業、富士の旧3行が統合を発表したのは、日本が初めてW杯に出場したフランス大会の翌年の1999年8月20日だ。同年12月22日には、新たなグループ名を「みずほフィナンシャルグループ」とし、情報システムの統合方針も示した。その後、みずほFGはシステム統合を巡って、何度も苦難に直面することになる。

 まず2002年。第一勧銀と富士銀の勘定系システムと営業店システムを残し、それぞれの勘定系システムを「リレーコンピューター」でつないでデータをやり取りできる仕組みに変えようとし、大規模なシステム障害を引き起こした。

 次は2011年だ。東日本大震災をきっかけに、みずほ銀行東京中央支店の義援金口座に振り込みが殺到。これに義援金口座の設定ミスが重なり、トラブルがトラブルを生む負の連鎖に陥った。結局、システムが正常化し、振り込み処理の積み残しを解消できたのはトラブル発生から10日後だった。

 そんな負の歴史に終止符を打つため、みずほFGが打ち出したのが、旧みずほ銀行、旧みずほコーポレート銀行、みずほ信託銀行のシステム刷新・統合だ。2012年に統合プロジェクトに着手し、開発完了を2度延期するといった曲折を経たが、2018年6月11日に新システムへの切り替えにこぎつけた。初回の移行作業も無事終えた。

 2回目の切り替えはこの記者の眼を公開する2018年7月17日だ。旧みずほコーポレート銀行の口座データを新システムに移す。サッカー日本代表は大会前の低評価を覆し、16強に進出した。8強にもあと一歩のところまで迫った。みずほFGのプロジェクトメンバーも同じような強い思いで臨むことが正念場を跳ね返す原動力になるはずだ。