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 日産自動車は、クルマの形をした柿の種「新型カキノタネ」を企画・製作したと発表した。神奈川県伊勢原市および地元の食品メーカーである龍屋物産と共同で、23種類の日産の歴史的名車と伊勢原市のシンボルである「大山」を模した柿の種をデザインした(図1)。発売日は2020年7月7日。

図1 日産が発表した「新型カキノタネ」
図1 日産が発表した「新型カキノタネ」
食品メーカーの龍屋物産が、2020年7月7日に伊勢原市内飲食店などで販売を開始した。価格は1パック税込み500円。(出所:日産自動車)
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 これは、日産が2020年6月25日に配信したプレスリリースの内容である。

 一見すると意味不明なプロジェクトだが、会社が存続の危機に直面している中で断行しただけに、大きな意味が隠されているに違いない――。そう直感した筆者は、すぐさま日産の広報に連絡を入れた。

 という流れであればかっこよかったのだが、恥ずかしながら事実は異なる。

 「何か変なことやってるから話を聞いてみよう」という軽い気持ちで、柿の種の抜き型の製作を担当したという日産総合研究所の試作部への取材をお願いしてみたのだ。プレスリリースには「ものづくりの技術と最新加工技術を駆使し、CAD/CAM設計と自動切削機を活用して米菓の抜き型を製作した」とあるが、どこまで本当なのか(図2)。

図2 開発した「新型カキノタネ」の抜き型
図2 開発した「新型カキノタネ」の抜き型
23種類の日産の歴史的名車と伊勢原市のシンボルである「大山」を模した柿の種を同時に型抜きできる。(撮影:日経Automotive)
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 浮ついた心がバレないように必死で隠しながら、新型カキノタネプロジェクトを主導した日産総合研究所実験試作部試作技術課リーダーの松永智昭氏に話を聞いた。

 結論から言うと、新型カキノタネの開発は、製造業が抱える大きな問題に正面から向き合った意義あるプロジェクトだった。取材を開始して5分、筆者は自分の思慮の浅さを恥じた。「何か変なことやってる」という野次馬根性で出向いてしまい、大変失礼しました。

 その製造業が抱える問題とは、「技術・技能の伝承」である。熟練者の匠(たくみ)の技をどのようにして次の世代に残していくか。日産は、伊勢原市から寄せられた「地域の特産品となる新商品を一緒につくってもらえませんか」という依頼を、技術・技能の伝承、そして若手育成の機会として活用した格好だ(図3)。

図3 抜き型に開発メンバーの名前を刻印
図3 抜き型に開発メンバーの名前を刻印
若手でプロジェクトチームを結成し、約7カ月で抜き型を仕上げた。(撮影:日経Automotive)
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社内から「今やるべきことか」の声

 プロジェクトが動き出したのは19年9月。ちょうど、日産で社長兼CEO(最高経営責任者)を務めてきた西川広人氏が引責辞任を発表したころだ。

 日産社内はてんやわんやの大騒ぎである。当然、新型カキノタネ開発に対して「何をやっているんだ」「今やるべきことなのか」といった言葉の矢が、社内の上層部や別の部署から飛んできた。

 「人を育てるために必要なんです」。松永氏の上司である日産総合研究所実験試作部試作技術課チーフの中村章一氏らが、潰されそうになるプロジェクトを何とかして守る。

 そんな苦労を知ってから知らずか、試作技術課に所属する35歳以下の若手を中心に構成した新型カキノタネの開発メンバーは、柿の種にする車種を楽しそうに選んでいた。

 「やっぱ『ケンメリ』は外せないよね」