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 「第3の矢はうまくいっていない」――。安倍晋三元首相の功績を振り返るテレビ番組で、経済政策「アベノミクス」について大学教授の1人から聞こえてきた言葉だ。これを聞いて金融業界における規制緩和の滞りを思い起こした。

 アベノミクスの第3の矢は、規制改革を軸とした「成長戦略」。記者はここ2年ほど、金融関連の規制改革に関わる取材を進めてきたが、どの施策も経済成長につながるほどの内容になっていないといえる。

 その1つが2021年11月に施行された「金融サービスの提供に関する法律」。同法によって新たに、銀行、証券、保険といった異なる業態の金融商品やサービスをワンストップで仲介できる「金融サービス仲介業」が生まれた。これまで銀行、証券、保険と業態で縦割りかつ個別企業の代理店が担っていた商品の販売を一元的に扱えるようにし、“顧客本位のサービス提供”に資する規制緩和を目指したものだ。

 だが、施行して10カ月たった現在、金融サービス仲介業として名乗りを上げているのは数社にすぎない。

 実は、こうした状況は法制度が定まる段階で予見されていた。最大の理由は、金融サービス仲介業が取り扱える商品やサービスの範囲が狭いこと。銀行、証券、保険のそれぞれにおいて、取り扱えるものに厳しい制約がある。「問題が起きないように」と保守的な形となった結果だが、せっかく定めた法律が経済成長に生かされていない。取材では、保守的な形となった理由の深層までとどかなかったが、「既存の金融業からの反対が影響したものではないか」という声が関係者から聞こえていた。

 規制改革の2つめの施策が「デジタル給与払い」。これまで現金か銀行口座、証券口座への振り込みしか認められていなかった給与の支払先を、スマートフォンのコード決済など資金移動業者のアカウントにも適用する法改正だ。

 当初は2021年春にデジタル給与払いを可能にする見込みだったが、現在でも厚生労働省の審議会で議論を進めているところだ。2022年5月に久しぶりに検討テーマとして挙がったが、ほとんど進展は見られない。議論はいまだ硬直状態にある。

 デジタル給与払い解禁を目指した議論の発端は、アベノミクスの成長戦略に沿って2017年の「国家戦略特区ワーキンググループ」で賃金払いに関する規制改革が提案されたこと。「国家戦略特別区域」で試験運用しながら検討が進むはずだったが、審議会に議論が持ち込まれることになった。その結果、労働者代表からの強い反発があり、現在に至っている。

 実現すれば、コード決済を提供する事業者にとっては「用途があらかじめ定まっていないお金がチャージされるため利用が広がる」といったメリットがある。さらに、これに付随して新たなビジネスが生まれるチャンスも期待されている。だが岩盤規制を前に法制化は危ぶまれている。反対を唱えるのは労働者側の団体だが、「これにより守られているのは銀行業界だ」という声も聞こえる。

 アベノミクス第1の矢である「金融緩和」と第2の矢である「財政出動」は短期的な対策でマイナス面も大きいとされる。第3の矢を実現してこそ意味を成す。金融関連の2つは、成長戦略に向けた約100本の法改正のごく一部にすぎないが、同様に形骸化したものも少なくないのではないだろうか。