「我々は過去、大きな失敗を3つした」。2018年7月、欧州SAPで最高財務責任者(CFO)を務めるルカ・ムチッチ氏が、日本企業の経営層を前にこう切り出す場面に出くわした。ムチッチ氏の語った3つの失敗とは、長い間イノベーションを起こせなかったこと、クラウドの採用が遅れたこと、そして顧客中心主義になれなかったことだ。

 「特に3つめの失敗が大打撃だった」とムチッチ氏は振り返る。3つめの失敗の具体例として挙げたのが、「保守料の値上げ」だった。SAPは2008年7月、年間保守料を「ライセンス費用の17%から、段階的に22%に引き上げる」といった発表をした。発表当時「適用は2009年から」としていたが、2008年の秋にリーマンショックが起こった。

 「経済環境が悪いにもかかわらず、保守料をアップして顧客からお金をたくさんとろうとした。結果、当社への信頼は失墜した」。ムチッチ氏は当時をこう振り返った。SAPは結局、ユーザー会などの猛反対を受けて再び保守料金体系を見直すことになった。

 2009年に米国で開催されたSAPの年次イベントを取材していた私は、世界中から集まったSAPユーザーが、SAP本社のサポート担当者に詰め寄る様子を間近で見ていた。会場は非常に殺気立っており、多くのユーザーが強い口調で発言していたことが今でも印象に残っている。SAPの保守料金に関する記事を執筆するために当時、日本のユーザー企業の取材もした。取材を通じて、SAPへの不信感を随所で感じた。

ユーザー企業と一緒にイノベーションを起こす

 それから10年。SAPは今、「変革によって大きく変わった企業」として自らを打ち出し始めた。

 冒頭のムチッチ氏の話は、SAPジャパンが2018年7月に開催した経営層向けイベント「SAP Select」での講演で語られたものだ。「SAPの挑戦―Purpose driven company」とのタイトルで、ムチッチ氏のほか、日本を含むアジア太平洋地域・米国のプレジデントを務めるジェニファー・モーガン氏、そしてSAP本社でチーフ・イノベーション・オフィサー(CIO)を務めるユルゲン・ミュラー氏の3人が登壇した。

 SAP本社からやって来た3人は、「SAPはこの数年、自ら変革を進めてきた」と強調。重視する指標を利益から成長に変え、製品中心の発想を止めて顧客とともにイノベーションを起こす体制へと移行した、とその過程を説明した。

 変革したというSAPが今、過去の反省を生かした施策の1つとして推進しているのが、「コ・イノベーション」と呼ばれる考え方だ。最新の技術を利用したり、特定の業界が必要としていたりするなど、まだ製品化していない機能などは、ユーザー企業と一緒に開発するという方針を採っている。

 「以前の当社は技術に自信があり、当社が開発した製品を顧客に提示していた。これを顧客と一緒に顧客が求めるものを開発していく形に変えた」。ムチッチ氏はコ・イノベーションの手法を採用する理由についてこう説明した。SAPは既に、IoT(インターネット・オブ・シングズ)などの新領域で、ドイツの製造業など、世界的なトップ企業とともに開発した製品をリリースしている。