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 「人に寄り添うAI(人工知能)ってこういうものかもしれない」――。記者が富山県の源(みなもと)という食品製造会社を取材したときに感じた思いだ。

 木製のわっぱに酢でしめたマスの切り身を並べたマスずしという押しずしをご存じの読者もいるかと思う。富山県を代表する郷土料理で、駅弁としても知られている。源は「ますのすし」の商品名で知られる老舗で、富山駅の構内や高速道路のインターチェンジ付近などに販売店を構える。

源の「ますのすし」
源の「ますのすし」
(出所:源)
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 2015年の北陸新幹線の開業後、富山県には多くの観光客が押し寄せた。源の店舗も活況を呈し、ますのすしだけで多い日には1日に600~1000食を売り上げていたという。しかし2020年以降は新型コロナウイルスの影響で観光客が激減したため、厳しい経営環境が続いている。

 同社の店舗では、従業員が過去の販売実績のデータを見ながら「勘と経験」で日々の発注業務をこなしていた。感染の波によって観光客の数は目まぐるしく増減するので、商品の発注予測は困難を極めていたという。商品が多く売れ残ってしまう日もあれば、予想以上に売れて品切れをしてしまう日もあった。同社の源和之社長は「日々変化する需要に応じた発注業務が従業員の心の負担になっていた」と話す。会社としても、売れ残りによる廃棄ロスと売り切れによる機会損失に課題を感じていたという。

 そこで導入したのが、AIによる商品の需要予測の仕組みだ。過去の販売実績や新型コロナの感染状況、県内の催事、天候といった情報をもとに、AIが各商品の売れ行きの予測値を算出。従業員は、AIによる予測値や過去の実績値を参考にして商品を発注する。

 この事例のポイントは、AIが発注量そのものをはじき出すのではなく、従業員が発注量を決める参考となる情報を提供している点だ。つまりAIの役割はあくまで助言。人の業務を代替するのではなく、人とAIがうまく「協働」して業務の改善を目指す取り組みである。

AIの需要予測などを参考にして商品の発注数を決める
AIの需要予測などを参考にして商品の発注数を決める
(出所:源)
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 AIを使ったコンサルティングやシステム開発を手掛けるIT企業のコストサイエンスの協力のもと、既存の発注システムにAI機能を追加する形で導入した。コストサイエンスの小倉朗CEOは「予測精度を高めるには現場の意見が欠かせないと考えたので、店舗の従業員へのヒアリングを重ねて(AIの)予測モデルを構築した」と話す。

 2022年5月末の導入以降、源の店舗では商品の売れ残りや品切れが着実に減っているという。源社長は「従業員たちは自分たちで作り上げた相談相手に助言してもらっているという感覚で使いこなしている。(発注予測が)当たれば自分たちのおかげ、万が一外れてもAIのせいにできるので心理的な負担も減っている」と話す。たしかにAIの助言であれば、当たり外れによるいざこざは起きにくいかもしれない。記者は「こういうAIの活用方法もあるのか」と率直に感じた。