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 80代のA氏。以前は奥さんとの夫婦ゲンカが絶えなかった。ところがある時を境に、ケンカの回数が減ったという。

 “救いの神”の役割を果たしたのは「自動作曲システム」だった。AI(人工知能)を利用した自動作曲について研究している、東京都市大学メディア情報学部情報システム学科の大谷紀子教授はA氏の好みに応じていくつかの曲をコンピューターで作曲し、CDに収録して渡した。A氏は毎日、CDをかけながら自分流に歌詞を付けて歌った。

 A氏は奥さんのためというより、単に自分のために歌っていたのかもしれない。それでも、オリジナルの曲に歌詞を付けて歌うという行為を始めてから「夫婦ゲンカが減ったんですよ」とA氏は大谷教授に語ったそうだ。自動作曲が夫婦間のコミュニケーションを円滑にする役割を担ったのは確かだろう。

東京都市大学メディア情報学部情報システム学科の大谷紀子教授
東京都市大学メディア情報学部情報システム学科の大谷紀子教授
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AIを「ディスる」うちに一体感が生まれる

 人間の代わりにコンピューターが曲を作る自動作曲の歴史は古い。先駆けといわれる「イリアック組曲(Illiac Suite)」が生まれたのは1957年。今から62年も前だ。日本では入力した歌詞のイントネーションを基に曲を自動で作る、東京大学などが開発した「Orpheus(オルフェウス)」がよく知られている。

 現在では手軽に使えるスマートフォンアプリが登場するなど、自動作曲はより身近な存在になりつつある。一方で、米グーグル(Google)の機械学習を活用した自動作曲プロジェクト「Magenta」をはじめ、依然として最前線の研究開発テーマでもある。人間の創造性がフルに発揮される作曲という分野の奥深さがうかがえる。

 身近になっているとはいえ、自動作曲システムを実際に使った経験をお持ちの方は少ないのではないか。「自分には関係がない」「特に関心はない」という人が大多数だと思う。

 だが、実は自動作曲は我々の想像以上に多くの可能性を秘めている。例えば冒頭に紹介したように、夫婦ゲンカ解消の手段になり得る。他にも「共同募金のための曲を自動作曲で作り、募金の際に流したところ、募金額が普段の2.8倍に増えた」(大谷教授)例もあるという。