多くの企業でデジタル化の推進組織が設置されるようになった。デジタル戦略部、イノベーション推進室といった名称が付けられる。既存のIT部門の内部に作ることもあれば、独立した関連企業を設立する場合もある。
デジタル推進組織の取り組みについて取材していると、「PoC(Proof of Concept:概念実証)まで進むのだが、その先に行かない」という声がよく聞こえてくる。PoCで効果が出るとわかったのに、事業部に提案しても採用されないというのだ。あまりによく聞くので、私はこれを「事業部受け入れ問題」と名付けた。
「あるある」とうなずく読者は多いのではないだろうか。先日話した大手製造業のデジタル化担当者も「自社もそうだが、他社から聞く話もPoCで終わってしまうプロジェクトばかり」と言っていた。
事業部受け入れ問題は、IT部門が進めていた従来型のシステム構築案件ではあまり聞かれることはなかった。IT部門が業務改革を主導したり新事業を企画したりするケースがほとんどなかったからだろう。
唯一、近い事例を挙げるなら、ERP(統合基幹業務システム)導入時によく起こっていた事業部からの反発だろう。ただ、ERP導入の場合は事業部の抵抗があっても、現場の要望をアドオン(追加開発)に反映するなどして、良くも悪くも最終的にシステムを稼働させていた。昨今の事業部受け入れ問題は、うやむやのままプロジェクト自体が消えていくので、だいぶ質が異なる。
無意味か不都合のどちらか
事業部受け入れ問題がなぜ発生するか。私が聞く限りでは、提案内容が事業部にとって「無意味」か「不都合」のいずれかであるからだと思う。
ここで言う「無意味」は、事業部の既存ビジネスにとって収益を直接的に拡大させる要因にならないということ。要するに、デジタル推進組織の提案内容が事業部にとって魅力的ではないのである。いくらPoCで効果が出たとしても、会社全体や将来のビジネスのために必要であっても、事業部は今のビジネスに関係なければ、多くの場合、提案を拒否するものである。
無理からぬ事情もある。デジタル推進組織は多くの場合、既存事業を意識せずに自由な発想で業務改革や新事業のアイデアを出すことが求められている。社内の慣習にとらわれない企画を出すために、デジタル推進組織に中途採用を強化している企業も少なくない。その狙い通り既存事業の常識から外れた提案をすればするほど、事業部から見ると地に足のついていない提案になるわけだ。
ただ、同情の余地がないケースも耳にする。PoCを実施することが目的になっている場合だ。デジタル化予算を消化するために、ITコンサルティング企業にPoCを丸投げし、「PoCを実施した」という見せかけの実績作りに走るデジタル推進組織がある。
もう1つの理由、「不都合」の状況はもう少し複雑だ。提案内容は事業部にとってメリットがあるのだが、それを実行してしまうと別の問題が表面化してしまう場合である。提案先の部門長が自分の立場を守るために抵抗するのが典型例だ。
あるサービス業で、ソフトバンクグループのヒト型ロボット「ペッパー」を顧客の案内係として導入する案が持ち上がった。PoCは順調に進み、デジタル推進組織は「現場業務の改善に効果あり」と判断したが、実運用されることはなかった。
PoCで終わってしまった理由は、現場の責任者が「機械に案内されて気分を害する顧客が出てきたらどうするのか」と懸念したからだ。顧客から苦情を受けるのも、問題が起きて責任を取らされるのも現場だ。リスクを取ってまでペッパーを導入するほどのメリットはないとその責任者は判断した。