全4439文字
PR

 「トイレの使い方を知らない人もいるんです。だって、家にそんなものはありませんから。どこで用を足すかって? そりゃあ、野原ですよ」。

 世界は広い。世の中にはさまざまな文化や習慣がある。ものづくりは今、真のグローバル化が進んでいる。世界でものを造るということはすなわち、働く人の多様性を受け入れなければならないということだ。日本企業が日本のやり方をそのまま押し付けても、現地の工場がなかなかうまく稼働しないからである。このことは日本の製造業にとってもはや「常識」となっている(少なくとも「日経ものづくり」はこう主張してから久しい)。

 成長著しいダイキン工業のインド工場もまた同じ課題を抱えている。「工場を運営する上で、最も苦労していることは何ですか?」との問いに、間髪を入れずに返ってきたのが「きちんと働ける作業者(作業者の質)を確保することです」との回答だった。恐らく、この課題はインドだけではなく、日本や欧米の工場でも共通の課題だろう。

育成プログラムを受講する作業者
[画像のクリックで拡大表示]
育成プログラムを受講する作業者
ダイキン工業のインド工場が実施している。作業者の育成には日本人の「常識」が通用しない面が多々ある。(写真:日経 xTECH)

 だが、先進国の工場よりもインドの工場における作業者の確保の方が苦労が大きい。なにしろ冒頭の通り、先進国からすると想定の範囲をはるかに超える衛生水準で暮らしている人までインドにはいるからだ。日本人の多くは漠然とインドを1つの統一された国、もっと言えば同じインド人が暮らす国と見がちだが、実際にはインドの国土は極めて広大で、異なる言語を話すさまざまな人種がいる。先進国と変わらない生活水準で暮らす都会の人もいれば、家にトイレがないのが普通という地方に住んでいる人もいるのだ。

 さらに、残念ながら工場作業者の仕事の人気は決して高くはない。採用に当たってダイキン工業は、高校卒業レベル以上の学力を求めているが、実際には工場の作業者として働くために必要な初歩的スキルを十分に身に付けていない人は多いという。

「ならぶ」「歩く」「黙る」から始める

 こう聞いた時、私は「なるほど、5Sからきちんと教えるのだな」と思った。5S、すなわち整理、整頓、清掃、清潔、しつけは製造業の「いろは」だが、製造業に関わっていない人は知らないことが多い。例えば、「整理と整頓の違い」をきちんと説明できる人は珍しい。

 ところが、スタートラインは予想を超えていた。「きちんと並びなさい」「ちゃんと歩かないとダメ」「私語は慎むこと」といった、社会人として必要なことから教える必要があるというのだ。これらは5Sのしつけに分類しようと思えばできるのかもしれない。だが、日本人の「常識」からすると、かなり低い水準から教えないとダメだということは確かだ。

 ダイキン工業のインド工場は、生産ラインに投入する前に、作業者に12日間で構成された育成プログラムを受講させている。最初の3日間で導入教育を実施し、工場のルールを教え込む。続く6日間で、作業実習を行う場所である「道場」で作業に必要なスキルを習熟させる他、帳票類の見方を学ぶ。そして、最後の3日間は、生産現場でOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)による実習を行う。これを道場の先生と生産現場の組長が確認し、作業者がその現場の仕事にうまく対応できるかどうかを評価する。評価がOKであれば、そのままその現場でOJTを続けて作業スキルを磨く。NGの場合はもう一度道場に戻し、再履修させる仕組みだ。

 実習の現場である道場を見ると、教える側の苦労がよく分かる。

安全性を維持するための掲示
[画像のクリックで拡大表示]
安全性を維持するための掲示
安全を守るために必要な情報が「見える化」されている。(写真:日経 xTECH)