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 2020年8月半ばのある日。気温36度を超える炎天下の中、筆者は友人に借りた1台の車両を操り、都内オフィスビル群の合間を縫うように走り抜けていた。夏季休暇の期間中ということもあり人影はまばらである。

 「今年は新型コロナウイルス感染症の影響で帰省を自粛するビジネスパーソンも多いのだろうか」。赤信号で停車中、頭上にそびえるビルの姿を眺めながらこんなことを考えていた。健康第一を念頭に置きつつ、どうにか正月には実家のテレビで箱根駅伝でも観戦したいものだ。

 30秒ほど物思いにふけっていると、前方の信号が青へと変わった。先ほどのペースで颯爽(さっそう)と走り出そう。意気揚々と交差点に入り右折しようとしたそのときのことだ。

 「あ、しまった」

 筆者は思わず頭の中でこう叫んだ。原因は、丸々と太った白い物体。空気を取り込み膨らんだポリ袋が、ビル風を受けてまるで西部劇のタンブルウィード(回転草)のように転がって進行を邪魔している。

 このままでは右折時に車輪に巻き込み、タイヤを滑らせる原因になるかもしれない。そう判断した筆者は、右折中の車両をさらに大きく内傾(リーン)させて回避を試みた。

 なんとかポリ袋は回避できたものの、今度は車体が転倒するほど傾き、体感で危険と分かる水準に達していた。転倒を覚悟したとき、とっさに飛び出たのが先ほどの「あ、しまった」という叫びである。

 筆者の覚悟とは裏腹に、幸い車両は倒れることなく再び安定した姿勢に戻った。恐らく、通常の2輪車ならあのまま転倒していたことだろう。転倒を回避できたのは、車両が2輪車ではなく、3輪車だったからだと筆者は思う。

 友人の「乗ってみれば」という言葉に甘えて拝借した同車両は、ヤマハ発動機が開発した独自技術「リーニング・マルチ・ホイール(LMW)機構」を搭載したガソリンエンジン3輪車「TRICITY(トリシティ)125」である。

 3輪車と聞いて思い浮かべるのは、ピザ屋が配達で使うような前1輪・後ろ2輪の車両だろう。一方で、ヤマハ発の車両は前2輪・後ろ1輪で構造が異なる。2輪車のような爽快感のある旋回性能を保ちながら、転倒するリスクの軽減を目指した車両である。

筆者が友人に借りて試乗したヤマハ発動機の「TRICITY(トリシティ)125」。(出所:ヤマハ発動機)
筆者が友人に借りて試乗したヤマハ発動機の「TRICITY(トリシティ)125」。(出所:ヤマハ発動機)
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ヤマハ発の独自技術「リーニング・マルチ・ホイール(LMW)機構」を搭載。(出所:ヤマハ発動機)
ヤマハ発の独自技術「リーニング・マルチ・ホイール(LMW)機構」を搭載。(出所:ヤマハ発動機)
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 前輪部分に搭載したLMW機構によって特徴的な動きをする。正面から見て長方形のリンク機構が、車体の動きに合わせて角度を変えて平行四辺形になる。車体を右に倒せば右のタイヤが上がり、左のタイヤが下がる。左に倒せば左のタイヤが上がり、右のタイヤが下がる。これにより、車体を内傾させても両輪で路面を捉えながら走行できるというものだ。

 3つの車輪で車体を支持して走ることで、発進直後や停止直前のふらつきを抑える効果がある。また、前2輪でブレーキ性能を分担することで、従来の前1輪の状態に比べて制動距離を短縮することに成功したという。さらに、前2輪のどちらかがスリップしても、残る1輪が路面を捉えていれば転倒を避けられる。

 以上のような要素が効力を発揮したことで、ポリ袋を急旋回で避けるといった不安定な状態でも転倒なく走りきれたようだ。