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 「人工知能(AI)で何か改革をせよ」「当社もDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みを進める」などと経営トップの指令が下り、予算が付く。「企業の改革はトップの理解とリーダーシップが不可欠」と一般にいわれており、このような事例は多いと思われる。しかし、ベンダーやコンサルタントの説明会には、上司から「AIで何かせよ」「DXを何か考えよ」と言われて途方に暮れる担当者が集まる――。

図1 新システム導入でよく生じる状況
図1 新システム導入でよく生じる状況
ヤマハ発動機生産技術本部設備技術部長の茨木康充氏による。(出所:ヤマハ発動機)
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手段に合わせて課題を設定してしまう

 サプライチェーン・コンサルタントで評論家の坂口孝則氏は、日経クロステックの連載「サプライチェーン新常識」でこのような現状の問題点を指摘している。「本来は(AIうんぬんに関わりなく)解決したい課題や問題があって、その解決にAIを使えないか、と問い合わせがあるべきだ」。しかし現実は「『トップから指示がありましたので、AIで何ができるかリポートをいただけませんか』といった問い合わせが増えた。手段と目的が逆転しているのだ」。

 手段と目的の逆転とは、つまり目的に合わせて手段を変えるのではなく、手段に合わせて目的(課題)を変えてしまうという現象。これが起こると、担当者はAIなりDXなりの適用に向く課題を求めて社内を探し回ることになる。

 しかし、十分な費用対効果を確実に得られる課題はなかなか見つからない。AIやDXのソリューションの導入には数百万円以上の費用がかかるため、人を1人以上減らすような大きな効果を見込めないと割に合わないからだ。結果、可能性のありそうな課題を設定して「やってみる」という段階に進む。そこでは一定の効果は確認できるものの、投入した費用をはっきりと上回る効果が得られるまでの確信には至らない。

 いま、AIやDXなどの導入プロジェクトで、PoC(Proof of Concept、概念検証)を実施してもそこから先へ進めなくなる「PoC止まり」が多くの企業で発生している。PoCはAIなどが課題解決に役立つかを検証する場であり、そこで効果を検証した上で課題解決のための本番システム導入に進むというステップだ。机上で考えても分からないことをやってみる場だから、うまくいかない場合も当然あり得る。しかし、うまくいく場合があまりに少なく、課題を解決できるシステム導入に至らない、というのが問題になっている。

 その状況について「AIやDXの導入ありきで無理して課題を設定するから、PoCをやってもうまくいかないのでは」と、ヤマハ発動機生産技術本部設備技術部長の茨木康充氏は指摘する(図1)。そこでヤマハ発動機は、画像の機械学習(ディープラーニング)による検査システム導入に当たって、手段と目的の逆転が発生しないようにした。既に社内の何カ所かで本番システムを運用しており、課題解決に結びつけている。

機械学習を限定して成功したヤマハ発動機のAI検査

 ヤマハ発動機が成功した要因、つまり手段と目的が逆転を起こさないようした基本的な考え方とは次のようなものだ。まず課題を認識し、なるべく既存の枯れた画像処理技術で解決できないかを検討。その上で、機械学習しか方法がない場合に機械学習の導入を考える。しかも課題を解決して得られる効果以上の費用はかけない。

 機械学習による検査システムの例の1つに、同社の本社磐田工場でのエンジン製品の仕様検査がある。製品42カ所をカメラで撮影し、組み付けの方法に間違いがないか、異なった仕様のユニットや部品を付けていないかなどを無人で検査する。合否の判定アルゴリズムは安価な「Raspberry Pi」で稼働させ、システムの総額を30万円程度に抑えている。「普通に機械学習のベンダーが言う通りに構築したら1000万円はかかる」(茨木氏)という意味でも同社が誇るシステムだ。

 ポイントは、42の検査項目中、機械学習の利用を6カ所に絞ったこと。残りの36カ所は、すべて通常の画像処理を利用している(図2)。

図2 ヤマハ発動機のエンジン仕様検査の項目の例
図2 ヤマハ発動機のエンジン仕様検査の項目の例
図では機械学習の例を多く記載しているが、適用したのは全体で42項目あるうちの6項目。(出所:ヤマハ発動機)
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