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 工場の取材では時々、「ちょっとエッジが立ちすぎているかな」という疑問が頭をよぎることがある。デジタルトランスフォーメーション(DX)に関するケースでは特に多い。人工知能(AI)やAR(拡張現実)/VR(仮想現実)を駆使し、独自開発の無人搬送車(AGV)を利用して、予知保全や大胆な自動化に挑む――。そんな実例の取材が連続すると、一般的な読者が憧れはするものの距離を感じてしまうのではないか、と不安を覚えるのだ。そもそもエッジが立っているケースを選択しているのだから、当然と言えば当然なのだが。

富士電機東京工場
富士電機東京工場
ローカル5Gの通信ネットワークを構築した建屋は、この敷地内にある。(写真:日経クロステック)
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 ローカル5G(第5世代移動通信システム)に関する取材でも、同様の不安を抱えていた。

 総務省から免許を取得した企業などが、オフィスや工場など限定された範囲で5Gのネットワークを構築できる「ローカル5G」。「高速・大容量」「高信頼・低遅延」「同時多接続」という5Gのメリットに加え、高度なセキュリティーや独自ネットワークを組める自由度の高さなどから企業が注目。2019年12月に制度化されて以降、多くの企業が免許を取得して実証実験などに取り組んでいる。

 筆者も何度かローカル5Gによる通信ネットワークの実例を取材し、その効力や課題などを学んだ。ただし、いち早く取材に応じてくれたのはベンダー側の企業が多く、また制度化されて間もないこともあって実証実験のケースがほとんどだった。こうしたケースでは一般的に予算も潤沢で非常に意欲的な、ある意味で特殊な取り組みが多い。

 「もっと読者に近い実例も取材したい」。そんな気持ちに応えてくれたのが、富士電機東京工場(東京都日野市、以下、東京工場)での取り組みだった。

DX推進のきっかけとしてローカル5Gを導入

 富士電機がローカル5Gの商用免許を取得したのは2022年1月。6月には、圧力センサーのアンプユニットやハーメチックコネクター*1などの生産ラインに、ローカル5Gによる通信ネットワークを導入した。建屋内に基地局1台を設置。建屋内にある大型加工機全15台中、まずは3台のNC工作機をローカル5Gの通信ネットワークに接続して、消費電力や加工数などの生産情報を収集している。この他、4Kカメラを設置して工作機械の稼働状況をリアルタイムで監視できるシステムも構築した。

富士電機東京工場におけるローカル5G活用のイメージ
富士電機東京工場におけるローカル5G活用のイメージ
(出所:富士電機)
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ローカル5Gの通信ネットワークに接続したNC工作機械
ローカル5Gの通信ネットワークに接続したNC工作機械
(写真:富士電機)
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*1 ハーメチックコネクター 気密性を保持できるコネクター。

 主な狙いはDXの推進と、将来のローカル5G端末の製品開発・販売だ。

 東京工場でもIoT(Internet of Things)を活用したDXは喫緊の課題となっている。既に生産計画や生産量、設備の稼働状況の見える化を進めており、画像処理を利用した検査工程の自動化と検査データのデジタル管理に取り組んでいる現場もある。

 圧力センサーのアンプユニットやハーメチックコネクターでは、有線ネットワークに接続した工作機械など設備機器の実績管理を、作業員などがペンで紙に記入するという状況からいち早く脱却。無線ネットワークに接続した設備機器から稼働情報や作業中の映像などのデータを収集し、省力化・省人化による生産性の飛躍的な向上を目指す。市場の変化や顧客のニーズに合わせて柔軟に生産ラインのレイアウトを変更できる態勢を整えることを狙った。

 「DXを推進するきっかけとしてローカル5Gの導入を考えた」。同社パワエレ インダストリー事業本部情報ソリューション事業部DX推進室長の小高秀之氏はこう話す。

 加えて、ローカル5Gに対応したゲートウェイ端末などの製品を開発・販売する上でノウハウを蓄積したいとの思惑もあった。「東京工場内で実施している取り組みを基に、ローカル5Gを活用したソリューションを外販したい」(小高氏)。

 同社は既に製造管理や設備管理などの情報ソリューションをパッケージ化し、販売している。これらの情報ソリューションに適用できる5G対応端末の開発・製造も想定している。そのためにも自社工場内の生産ラインを「顧客相当」と見なして、ローカル5G導入に取り組んだという。