PoC(ポック)貧乏──。講演者の1人が使った言葉が聴衆の笑いを誘った。あるAI(人工知能)関連イベントでの出来事だ。

 現在は「PoCばやり」といっても過言ではない。PoCはProof of Concept(概念検証)の略で、通常は「ピーオーシー」と呼ぶ。新しい技術やアイデアを活用して期待する効果が得られるか、どんな課題があるかなどを確認する作業を指す。技術やアイデアを正式に採用する前に、小規模で限られた分野に適用するケースが多い。

 日本企業でPoCが一般的になっているのは、AIやIoT(インターネット・オブ・シングズ)をはじめとするデジタル技術の存在が大きい。多くの企業はこれらの技術を使った経験が乏しく、全社にいきなり導入するのはリスクが大きすぎる。AIやIoTで何ができるかに関する明確なイメージも持っていない。「まずはPoC」となるのは自然な成り行きといえる。

 だがPoC案件のほとんどは「残念な結果に終わる」。講演者はこう指摘し、ある製造業の例を挙げた。仮にA社とする。

 A社は講演者が所属するベンダーに対し、「ここにデータがある。AIで何ができるか検証してほしい」と依頼した。データはヘッダーが黒塗りだったが、どんな機器なのかは特定できたので、AIに学習させて検証した。A社の担当者は結果を見て「そんなことができるんだ」と感心した様子だったという。その後、A社からの話はなく「単なる力試しに終わった」。

 A社がPoC止まりだった理由について、講演者は「明確なユースケースを持っていなかったからだ」と指摘する。ここでいうユースケースは、AIをどの業務でどう活用するという利用シーンや目的を想定したシナリオを指す。「AIの知識がないだけでなく、スコープ定義書の書き方も知らないようだった。発注の仕方もゆるく、故障検知に使えればといった漠然としたイメージしか持っていなかった。ユースケースが明確なら、保守業務の最適化に向けた実プロジェクトに発展する可能性もあった」(同)。

 PoCをいくら実施しても、その先が続かない。ベンダーに対価を支払って支援を仰ぐのであれば、リターンを得るどころかお金が出ていくばかり。これがPoC貧乏の実態だ。こうした状況は珍しくないと、講演者は強調する。

PoC貧乏は会社全体の問題

 パナソニックで代表取締役専務執行役員兼コネクティッドソリューションズ社社長を務める樋口泰行氏も同じ言葉を持ち出す。「『IoTをやる』と経営者が言うと、大抵は目的がはっきりしていない。そのため世の中にはPoCがやたら多い。これではまるでPoC貧乏です」。

 日経 xTECHの矢口記者はPoCで効果が出るとわかったのに、事業部に提案しても採用されない状況を「事業部受け入れ問題」と呼んでいる。事業部が受け入れず、PoCで止まってしまうとPoC貧乏に陥るわけだ。