全1026文字
PR

 2021年夏に大ヒットした細田守監督のアニメ映画「竜とそばかすの姫」の主な舞台は、VR(仮想現実)の世界と現実の高知県内だ。同年夏はたまたま、VRに関する記事を書く機会があったので、この映画の舞台設定にもなじみやすかった。

*以下、映画「竜とそばかすの姫」の内容に関する記述が含まれています。

 記事で触れたVRが地味なボックスカルバートの工事現場だったのに対し、アニメ映画が描いたVRは極彩色の壮麗な大都市だ。現実では地味な容姿で、幼少時のある事故による不幸を引きずって暮らす女子高校生の主人公が、美しいVR世界での分身であるアバターとしては、背景に負けないほど華やかなスター歌手に変身する。

 映画の終盤で物語が急展開し、アバターと実像との落差が一気に縮まる。主人公の現実の人生にも薄日が差す結末となる。

 この展開の視覚的な伏線になっていたのが背景の描写だ。映画を含むフィクションの表現ではしばしば、主人公の感情や境遇と背景の描かれ方や色調に相関関係が生じる。「竜とそばかすの姫」の背景は、VRだけでなく現実も序盤から美しかった。主人公が実生活で引きずる不幸が、やがて和らいでいくことを予感させる効果があった。

清流の景観と調和する構造物

 現実の背景で特に印象に残ったのが、主人公の自宅の周辺を流れる仁淀川や、通学先付近の鏡川の描写だ。水面だけでなく橋梁、護岸といった人工的な構造物の描き方も、写実的であると同時に一定の美感があった。

「竜とそばかすの姫」の背景のモデルになった高知県越知町内の仁淀川に架かる浅尾沈下橋(写真:越知町)
「竜とそばかすの姫」の背景のモデルになった高知県越知町内の仁淀川に架かる浅尾沈下橋(写真:越知町)
[画像のクリックで拡大表示]

 コンクリートや鋼材の構造物が自然の景観を常に損ねるわけではないと、改めて思った。山間部や草原を撮った風景写真で、ローカル線の駅のホームや橋梁などが良き点景になり得るのはその好例だろう。

 自然の景観を損ねない構造物の条件とは何か、映画を見た後でちょっと考えてみた。ボリュームが大き過ぎず、形状が単純であまり鋭角的でなく、経年変化でほどほどに汚れ、すすけているといったことだろうか。

 「古材」といえば、一般に古色を帯びていることが美観として評価される木材を意味する。もしかすると、コンクリートなどにも古材的な美しさを認める価値観があってよいのかもしれない。古美(ふるび)る建設資材は、木材や瓦だけではない。

 土木構造物の整備で、景観に与える悪影響の抑制を図ることが昔と比べると増えているようだ。その手段として、表面を“古材”で仕上げて、長年そこにあるかのように見せかけるのも有力な選択肢ではないか。そんなことを思っている。