「そんなことも分からなかったのか……」というのが、記者の率直な感想だ。
2021年10月1日、三菱電機の柵山正樹会長が退任を発表した。一連の品質不正に対する引責辞任である。同日開かれた辞任会見で、柵山氏は現在不正問題に揺れる同社が抱えている最大の問題は「経営層と現場の断絶」だと語った。
柵山氏が社長時代の14~18年、三菱電機では複数の労働問題が発生した。裁量労働による長時間労働で精神的に追い込まれ、“悲しい選択”を余儀なくされた社員も複数いる。だが、柵山氏の対策は後手に回った。17年2月になってようやく「社長フォーラム」と名付けた現場の社員との対話集会を開始したが、これは三菱電機が法人として労働基準法違反の疑いで横浜地検に書類送検された1カ月後のことだ。
このフォーラムで、柵山氏は各製作所(工場)に赴き、現場の社員の前で30分ほどスピーチして、残りの1時間半ほどで現場の社員からの質問に答えていたという。同氏は「1年で40回以上現場に行き、現場の社員の意見を聞いたつもりだった」と振り返る。食堂に数百人規模の社員が集まり、盛況だったとも語った。
だが、記者には大手企業によくある社長の現場巡回のように思えた。現場の社員に聞いてみるとよいのではないか。「これで経営層との断絶は埋まったか?」と。記者は取材歴が長い方だが、この方法で大手企業の社長と社員との間で良好なコミュニケーションを構築できたという話をこれまで聞いたことがない。
現場の社員にとって、大手企業の社長がやって来るというのは「大事件」だ。不備があってはならないと、まるで“大切なお客様”を招くかのように何日も前から準備する。そのための担当者や責任者が任命され、社長にお披露目する発表資料を入念に準備することすら珍しくない。そんな“赤じゅうたん”を敷いた所を歩いてくるような社長巡回では、経営陣と現場の断絶など埋まるはずがない。
案の定、三菱電機の株主総会で、ある株主が柵山氏にこう忠告したという。「そうしたフォーラムに出てくるのは社長(柵山氏)のシンパだ。そうではない社員の意見を聞かなければならない」と。
記者が冒頭のように感じたのは、この株主の忠告を受けた柵山氏の感想を聞いたときだ。同氏は「それ(株主の忠告)を聞いてどきっとした。もうちょっと早く気づけばよかったと思う。そうすれば(社員からの)意見の聞き方も違ったかなと思う」と感じたというのだ。
売上高4兆円を超える日本有数の企業の社長を前に、本音をぶつけられる社員はもちろん、都合の悪い話を進言できる社員はそうはいないだろう。現に、三菱電機では柵山氏が社長の時代にも品質不正は続いていたが、同氏はそのうちの1つもあぶり出すことができなかった*。グループ会社を含む品質監査「全社点検」を16年度と17年度の2度にわたって実施したにもかかわらず、である。
現場に行きさえすれば、「社員の本音を聞ける」「コミュニケーションを図れる」と柵山氏は本気で思っていたのだろうか。