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2010年時点で、10年後の太陽光発電のコストを正確に予測

 この混乱の要因ともなった太陽光発電の発電コストは、1978年ごろの約5米ドル/kWh弱から、欧州南部や米国での4~5米セント/kWhと40年余りで1/100に低下した。これを将来も続くトレンド「スワンソンの法則」として最初に(2006年に)論文で指摘したのが、筆者も直接会って取材したことがある米Stanford Universityの元教授のRichard(Dick)Swanson氏である。日経クロステックでも何度か記事にしているので、知っているという読者も多いはずだ。

「スワンソンの法則」としてしられる太陽電池モジュールの累積製造量と製造コストの関係
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「スワンソンの法則」としてしられる太陽電池モジュールの累積製造量と製造コストの関係
縦軸は太陽光モジュールの製造コスト(米ドル/W)(図:Swanson氏の論文の引用などを基に日経クロステックが作成)

 Swanson氏が注目したのは、いわゆる「学習曲線(経験曲線)」、つまりは量産効果だ。スワンソンの法則では「太陽光パネルの製造量が2倍になるごとに約2割コストが低下する」ことを指摘している。言い換えると、習熟率が20%ともいう。

 その数年後には、米Massachusetts Institute of Technology(MIT)教授のEmanuel Sacks氏も同様なコスト低下のトレンドを指摘している。ただし、Sacks氏は量産効果のほかに、多数の技術革新や日々の改善もコスト低下に寄与していると指摘した。

MIT教授のEmanuel Sacks氏の2010年時点の太陽電池モジュール価格の実績と予測
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MIT教授のEmanuel Sacks氏の2010年時点の太陽電池モジュール価格の実績と予測
単なる量産だけではなく、各種の技術革新もコストの低下をけん引したとする。縦軸は太陽光発電コスト(米ドル/kWh)(図:MIT)

 Sacks氏は2010年の時点で2020年の太陽光発電の発電コストを「5米セント/kWh割れ」と予測していたが、少なくとも米国西部や欧州南部などではまさに的中した。

太陽光発電のコスト低下は止まらない

 その主要因が量産効果にせよ、技術革新にせよ、いわゆるハイテク技術に基づく工業製品のコストが時間と共に低下するのは、太陽電池に限った話ではなく、自動車しかり、液晶テレビやパソコンしかり、である。産業革命以降のほとんどの製造業で成り立つ話で、より一般には「ライト(Wright)の法則」と呼ばれている注2)。液晶テレビやパソコンの場合は、1台当たりの価格は比較的早期に下げ止まっても、単位画素数や単位演算性能当たりのコストは最近まで下がり続けた。

注2)ちなみにライトの法則を1936年に発表したTheodore Paul Wright氏は、飛行機の開発で知られるライト兄弟が設立した航空機メーカー米Curtiss-Wrightに勤めていたが、ライト兄弟との血縁はないようだ。論文は、飛行機製造のコストダウンについてだったが、米Fordの「Model T」など自動車についても同じ“法則”が成り立つことが分かり、広く知られるようになった。

 ただ、そうした工業製品のほとんどは、コストが無限には下がらず、いずれは一定の水準で足踏みするようになる。これは、なにか“法則”に反することが起こるからではなく、単に市場が飽和して、それ以上の量産ができなくなったり、技術革新が止まってしまったりするからだ。実際、半導体で“ムーアの法則”がほぼ止まりつつあることは否定できない。

 技術革新が止まると量産規模を大きく増やしても製造コストは下がりにくくなる。コストの内訳でいえば、材料コストが特に下がりにくい。結果として、材料コストの比率が次第に高まってくる。製造コストの約1/2が材料コストになると、そこから製造コストを大きく下げるのは難しくなるようだ。実際、ガソリン車など製造コストが下げ止まっている工業製品の多くで、材料コストが、製造コストの約1/2を占めている。

 もっとも、太陽電池については、向こう100~150年ぐらいは製造コストの下げ止まりはなさそうだ。理由は大きく3つある。1つめは、世界全体を考えると太陽光発電の導入はまだ始まったばかりで、現状からすると事実上無限といっていいほど導入の余地が大きいからである。

 ちなみに、現在の世界の電力需要すべてを太陽光発電で賄うとしてもその土地にはあまり困らない注3)。必要な面積は、約335km四方で、サハラ砂漠の1.2%の面積にしかならない。

注3)日本国内での太陽光発電は、導入できる土地がもう多くはないという指摘がしばしばあるが、建物の屋根や壁などを有効活用する、あるいは耕作放棄地などで農業と共存する“ソーラーシェアリング”を実施していけば、幾つかの見積もりで計400G~500GWを導入可能という推定結果が出ている。これは現時点で導入されている約70GWの6~7倍。この場合の年間発電量は現在の日本の電力需要量の約1/2になる。国内の太陽光発電だけで電力需要をすべて賄うことは難しいが、残りは、太陽光発電のコストが安い海外で発電し、水素などの形態で輸送することで補える。

 2つめは、技術革新も止まりそうにない点だ。今主流の太陽電池はシリコン(Si)という材料が主原料で、変換効率は事実上の限界に近付いている。一方で、新しいタイプの(1)ペロブスカイト太陽電池、(2)有機薄膜太陽電池の変換効率がそれぞれ急速に向上している。このうち、ペロブスカイト太陽電池は2021年9月にポーランドで量産が始まった。これらの太陽電池の発電性能はSi系太陽電池に肩を並べる水準が見込まれ、それでいて本格的な量産時にはSi系太陽電池の約1/2かそれ以下の製造コストで生産できる見通しである。

 3つめは、太陽光発電を含む再生可能エネルギーが発電源として支配的になれば、それが、製造コストの低減にも効いてくる点だ。その場合、太陽電池の製造コストのうち、下がりにくい材料コストも大きく下がってくる注4)

注4)もちろん短期的にはコストの乱高下はあり得る。2008年前後にも多結晶Siのひっ迫が伝えられ、実際に太陽電池モジュールの価格も上がった。スワンソンの法則のグラフにもそれが表れている。2021年9月には中国で電力不足や「ウイグル問題」から、金属Siの価格が約4倍に高騰した。ただ、多結晶Siの価格上昇幅はまだそれほど大きくない。仮に、Siウエハーの価格が4倍になったとしても、太陽電池モジュールのコスト構造におけるSiウエハーの割合は2008年当時と違って非常に低くなっており、モジュールの価格上昇幅は大きくはならない1)。中国の太陽電池メーカーも、新疆ウイグル自治区ではなく、内モンゴル自治区などにSi関連材料の工場の新設を進めており、中長期ではほとんど影響がないといえる。
2010年からの太陽電池モジュールの製造コストの推移と内訳
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2010年からの太陽電池モジュールの製造コストの推移と内訳
現在の販売価格はおよそ30円/W。その中でSiウエハーのコストは1割に過ぎない。(図:米Nationa Renewable Energy Labratory(NREL)の資料1)より引用)

 これが始まるともう止まらない。つまり、太陽光発電の大量導入が進めば、太陽電池モジュールの単価が安くなり、電気代が安くなる。結果、材料コストを中心に製造コストが下がる。すると、さらに太陽電池モジュールの単価が下がり、電気代が下がる、という「正のスパイラル」が起こるはずだからだ。これは、自動車など他の工業製品では考えられない、“発電する工業製品”ならではの特徴といえる。