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 「事が起こらなければ動かない」といわれる役所の悪弊の典型ではないか。静岡県熱海市で2021年7月に発生した土石流災害を巡る静岡県の対応のことである。

 熱海市の土石流災害では、26人が死亡し、1人が行方不明になっている。県はこの惨事を防げなかった反省を踏まえ、盛り土に関する現行の条例を改正し、新たな条例を制定する方針を打ち出している。

 静岡県の川勝平太知事は21年10月26日の会見で、「今度の盛り土に関わる条例は全国一厳しいものにしたい」と強調。「それが供養になるだろう」と述べた。その意気込みはよいが、なぜ30人近い犠牲者を出すまで行動に移せなかったのか。

静岡県熱海市で2021年7月に土石流が発生した。26人が死亡し、1人が行方不明になっている(写真:国土交通省)
静岡県熱海市で2021年7月に土石流が発生した。26人が死亡し、1人が行方不明になっている(写真:国土交通省)
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 静岡県は45年前に盛り土に関する条例を施行した。しかし、その後に制定した他県の条例と比べて規制が緩い事実は明らかだった。現在、都道府県で盛り土に関する条例を制定している自治体は26を数えるが、そのうち届け出制を採用しているのは静岡県だけだ。他は、24自治体が許可制、1自治体が事前協議制を採っている。

 土石流災害を拡大させたといわれる盛り土を造成したのは、神奈川県小田原市の事業者だ。神奈川県の条例も許可制としている。小田原市の事業者は、こうした自治体間の規制の違いに着目し、規制の厳しい神奈川県から規制の緩い静岡県に建設残土を持ち込んだとみられる。

 川勝知事は会見で、「各自治体は盛り土に関連した条例を持っている。その弱いところに悪徳業者がやってくる」と語った。静岡県こそ、まさにその弱いところだった。県が21年10月18日に公表した公文書の1つでも、県職員が「条例は許認可制度でなく、届け出制度であるため、非常に弱い効力しか持たない」と発言した記録が残っている。

 公文書は、土石流の起点となった盛り土への対応を巡る静岡県と熱海市の協議内容などを記したものだ。公文書によると、問題の盛り土が崩落する危険性について、県と市が本格的に検討を始めたのは09年のようだ。09年6月ごろから川の下流や港に泥水が流出。10月には県熱海土木事務所の現地調査で、転圧不足の土砂が流れ出た事実が確認された。

 直後の09年11月の県と市の会合では、県熱海土木事務所の工事課の職員が「転圧しないで、ただ盛っただけの状態であり、これ以上盛り土させるのは危険」「大雨が降ると斜面に亀裂が生じ、崩壊してもおかしくない」などと指摘した。この会合には、熱海土木事務所の所長と技監も出席している。

静岡県と熱海市が2011年3月に開いた会合の記録の一部。(2)が県の見解(資料:静岡県)
静岡県と熱海市が2011年3月に開いた会合の記録の一部。(2)が県の見解(資料:静岡県)
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