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 「理念は分かるが話が急すぎる」

 こう心境を打ち明けたのは、鉄鋼メーカーで働くプラント技術者である。他業界と比べて二酸化炭素(CO2)の排出が多いとされる鉄鋼業界は、「カーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)」による変革に迫られている。製鉄業界のシンボルである「高炉」も、2050年ごろには多くが閉鎖されるとの見方が一部で浮上するほどだ。

 しかし、カーボンニュートラルが取り沙汰される前から、同業界は省エネルギーや低炭素化に注力してきたし、これまで日本の鉄鋼業界のエネルギー効率は世界トップクラスとも言われてきた。それがいきなり「窮地に立たされた業界」といった目線で語られるようになった現状に、この技術者は釈然としない思いを吐露した。

(出所:123RF)
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 カーボンニュートラルとは、二酸化炭素(CO2)などの温暖化ガスの排出量と吸収量を同じにして、全体としてゼロにする取り組みである。温暖化ガスの排出そのものをゼロにするのは難しい。そこで排出量を抑えつつ、再生可能エネルギーや温暖化ガス回収技術などを導入し、生産活動と環境保護の両立を目指そうとしている。

 概念自体は以前からあった。少なくとも05年には京都議定書の発効に伴い、企業はCO2排出量削減を指向した製品を次々と発表していた。ただ、当時は環境問題への積極的な取り組みを訴求してイメージアップを図りたいという、企業の「宣伝」としての側面も強かった。

 しかし、読者もご存じのように20年10月に転機が訪れる。菅義偉首相(当時)が所信表明演説で「50年までに温暖化ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言し、時期的な目標を明確化したのである。世界120以上の国・地域がカーボンニュートラルを目指すと宣言する中で、足並みをそろえた形だ。その影響はほぼ全ての産業に及んでいる。