全3014文字
PR

 政府は2021年にデジタル庁を創設し、データ利活用を推進していく方針だ。だが新型コロナ禍は、政府が十分にデータ活用をできていないだけでなく、政府自体のデータガバナンスが欠如している実態も露呈した。データガバナンスは、データ管理を計画・管理・執行することで、今後データ活用を進めるために必須だ。ここでは専門家の提言や自治体のデータ活用の好事例を紹介したい。データ活用推進に向けた政府のデータガバナンスの議論を今こそ深めるべきだ。

 感染者の情報を迅速に把握するために厚生労働省が急ピッチで開発した「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」。医療機関などで感染者のデータを入力し、厚労省などでデータ分析し感染対策に役立てるはずだった。だが当初、個人情報保護のためのシステム機能が不十分だったうえ、システムの使いづらさなどからデータの誤入力が相次いだ。いまだに収集したデータを活用した正確な感染状況分析はできず、活用時期のメドも立っていない。

 感染対策の現場からは、導入当初より「入力したデータを誰がどう使うのか、どう感染症対策に役立てるのか分からない」といった声が上がっていた。今になっても感染対策に役立つ十分なデータ活用ができず、活用時期のメドも立っていないのだから、医療や感染対策を担いながらデータ入力作業も負う現場が厚労省やHER-SYSへの不信感を募らせるのも無理はない。

「データ基本権」は国民の基本的な権利

 データ活用推進にあたり、具体的にどのようにして政府はデータガバナンスを実現すべきなのだろうか。

 「データ保護は国民の基本的な権利だ。政府のデータ活用の前提として、(自身の情報について、誰とどのような情報を共有するかを自身が決定する権利である)情報自己決定権を確立すべきだ」と、憲法学が専門でデータやプライバシーに詳しい慶応義塾大学法科大学院の山本龍彦教授は言う。

 これは2020年11月26日にオンライン開催されたシンポジウム「Innovative City Forum2020」の分科会で提案したものだ。同分科会は慶応義塾大学医学部の宮田裕章教授が「データ活用の変容」をテーマに企画し、山本教授の他つくば市の五十嵐立青市長が登壇した。筆者も登壇者として参加したが、前出の3人の話からはデジタル庁などの政府によるデータガバナンスを考える上で重要な示唆があったので紹介したい。

「Innovative City Forum2020」で議論する慶応義塾大学医学部の宮田裕章教授(左)と慶応義塾大学法科大学院の山本龍彦教授(右)。同イベントはアカデミーヒルズなどが主催した
「Innovative City Forum2020」で議論する慶応義塾大学医学部の宮田裕章教授(左)と慶応義塾大学法科大学院の山本龍彦教授(右)。同イベントはアカデミーヒルズなどが主催した
撮影:田山達之
[画像のクリックで拡大表示]

 山本教授は、情報自己決定権を確立すべきとした上で、こうした個人情報保護はデータ活用に当たっての国民の基本的な権利であり「データ基本権」であるとした。実装するには、まずは個人情報保護関連の法制度の再整備が必要だが、将来的には憲法の中に取り入れることも考えられると述べた。

 情報自己決定権の具体的な事例として、山本教授はエストニア政府を紹介。政府によるデータ活用の先進国と言われるエストニアは、実は個人情報保護でも先進国だという。プライバシーについては憲法で詳細に規定しており、「個人情報は個人に属すべきだ」との考え方に基づいて情報自己決定権を重視している。

 例えば、政府の職員は業務上必要な場合他人の個人情報をオンラインで閲覧することができるが、いつ誰がどの情報を閲覧したかが記録され、閲覧された人は閲覧理由の開示を求めることができる。正当な理由なく閲覧した場合、罰せられる。エストニアではこうした情報自己決定権とそれを実現するための徹底した透明性と双方向性を担保しているからこそ、データ活用が進められるのだという。

データ活用の目的、メリットを明確にする

 山本教授は、自己情報決定権を確立した上で、データ活用の際は「何のためのデータ活用なのか?」といった目的を明確にすべきだとした。宮田教授も「データ活用の目的と、それが実現すると何ができるようになるか、具体的な価値を伝える必要がある」と語る。

 HER-SYSではデータ活用の目的がデータを提供、収集する医療現場などとうまく共有されず、また現場はデータ収集のメリットを感じることが現状できていない。一方で、同じく新型コロナ対策でうまく働いた例もある。

 その1つが、厚労省がLINEの協力を得て約8440万人の「LINE」アプリユーザーを対象に実施した「新型コロナ対策のための全国調査」だ。2020年5~8月にかけて計5回実施された同調査から収集したデータを迅速に解析し、発表することで対策に役立てようとした。例えば2020年8月12~13日に実施した第5回調査では、実施の約1週間後に詳細な解析結果を公開している。

 この分析を担当したのが宮田教授だ。データ分析結果を迅速に公表することを目指したとし、実際調査実施の翌日にはLINEからデータを受け取り、数時間で分析して厚労省に渡している。データ収集の目的を明確にした上でデータ提供者に直接のメリットが感じられるこうしたフィードバックは、「信頼を得るデータ収集と活用のために重要になっていく」と宮田教授は話す。