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 2020年東京五輪のメインスタジアムとなる国立競技場が完成した。難局を乗り越えて事業を完遂した関係者の努力は称賛に値する。ここで「もし…」と語るのは無粋だが、故ザハ・ハディド氏の設計案が実現していたら、どんな威容を誇っただろうと想像してしまう。

故ザハ・ハディド氏の設計による「新国立競技場」の模型(奥)。橋梁のような構造の「キールアーチ」を意匠にも生かすデザインだった(写真:日経 xTECH)
故ザハ・ハディド氏の設計による「新国立競技場」の模型(奥)。橋梁のような構造の「キールアーチ」を意匠にも生かすデザインだった(写真:日経 xTECH)
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 現代建築の先駆者だったハディド氏は16年3月に心臓発作で亡くなった。65歳だった。1990年に札幌市でレストラン、2008年に都内で小売店のデザインを手掛けているが、これらは既に解体されている。残念ながら現時点で国内にハディド氏の設計による建築物は存在せず、この先も私たちが目にする機会はない。

 一方、世界ではハディド氏の没後も彼女が手掛けた斬新な建築物が竣工している。マカオでは、世界で初めて自由造形の外骨格構造を高層建築に導入したタワー型ホテル「モーフィアス」が18年6月に完成。北京では19年9月に星形の新空港「北京大興国際空港」が開港した。20年にも、ドバイで“四角いドーナツ”のように建物に大穴を開けた複合ビル「オーパス」が竣工する。

マカオで18年6月に完成したタワー型ホテル「モーフィアス」。世界で初めて自由造形の外骨格構造を高層建築に導入した(写真:Ivan Dupont)
マカオで18年6月に完成したタワー型ホテル「モーフィアス」。世界で初めて自由造形の外骨格構造を高層建築に導入した(写真:Ivan Dupont)
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(関連記事:世界最大規模の北京「ヒトデ形」空港

(関連記事:ドバイに建てるザハ設計の“四角いドーナツ”

 コンピューターを活用したデザイン手法を早くから採り入れ、建築物の形状によって機能を最大化する設計を目指したハディド氏は、「アンビルドの女王」と称された。その複雑なデザインを具現化し得たのは成長著しい国が多い。例えば中国。国内総生産で、2003年の実績値と国際通貨基金による23年の推計値を比較すると、中国の成長は7.3倍。対する日本は1.7倍だ。

ザハ建築を受け入れなかった日本

 新国立競技場基本構想国際デザイン競技で「ザハ案」が選ばれたのは12年11月。東日本大震災からの復興期だった。国立競技場は五輪招致を懸けた国家的な社会資本整備事業となった。ハディド氏は競技場の長大スパンを確保するため、橋梁のような構造「キールアーチ」を採用した。この設計は有機的な曲線の意匠と構造を日本の技術力で融合するという、日本のものづくりを信頼したデザインだった。

競技場の長大スパンを確保するため、ザハ・ハディド氏が採用した橋梁のような「キールアーチ」。日本の技術力を信頼し、有機的な曲線の意匠と構造を融合したデザインだった(写真:日経 xTECH)
競技場の長大スパンを確保するため、ザハ・ハディド氏が採用した橋梁のような「キールアーチ」。日本の技術力を信頼し、有機的な曲線の意匠と構造を融合したデザインだった(写真:日経 xTECH)
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 しかし、ザハ案は費用やデザインに対して世論が割れ、15年7月に「白紙撤回」となった。諸事情はあったにせよ、私たちは世界に「ザハ建築を受け入れなかった国」だと発信してしまった。

 成熟した都市に新たな文脈を加えるような建設プロジェクトは実現が難しいかもしれない。それでも「日本は面白い」と思わせる社会資本整備が必要だ。例えば先日、東京都中央区は高架の自動車道を緑化し、遊歩道に再整備する構想を打ち出した。こうした未来に希望が持てる社会資本の残し方を、柔軟に模索しなくてはいけない。