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 2022年12月発行の「通信地政学2030」(日経BP)では、巨大IT企業(ビッグテック)の通信レイヤー侵出や、モバイルネットワークのクラウド化、ウクライナ危機で加速するインターネットの断片化「スプリンターネット」、米中デカップリングによる5G(第5世代移動通信システム)の二分など、急速に変化する通信インフラの動向について、地政学という切り口を交えて分析した内容を執筆した。陸や海といった伝統的な地政学に加えて、もちろんデジタル領域の地政学も踏まえた。ご興味のある方は、書店などで手に取ってご覧いただけたら幸いだ。

 執筆に当たり、国内外の取材は有識者との意見交換はもちろん、国内外の文献も数多く参照した。中でも最もインパクトがあった文献が、本書籍の後半でも取り上げた、米国のシンクタンクである米外交問題評議会(CFR)のタスクフォースが2022年7月に公表した報告書「サイバー空間の現実を直視する―断片化したインターネットのための外交政策(Confronting Reality in Cyberspace Foreign Policy for a Fragmented Internet)」である。

米外交問題評議会(CFR)のタスクフォースが2022年7月に公表した報告書「Confronting Reality in Cyberspace Foreign Policy for a Fragmented Internet」
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米外交問題評議会(CFR)のタスクフォースが2022年7月に公表した報告書「Confronting Reality in Cyberspace Foreign Policy for a Fragmented Internet」
https://www.cfr.org/report/confronting-reality-in-cyberspaceからダウンロードできる(出所:CFR)

 CFRは1921年に設立された超党派の会員制組織だ。CFRのタスクフォースはこの報告書で、「グローバルインターネットの時代は終わった。米国はさらなるインターネットの断片化を止めることはできない」と断言。「自由で開かれた」という米国の価値観を強く反映してきた現在のインターネットが、「単なるビジョンにすぎず、現実のものではなくなった。オープンで信頼性が高く、安全なグローバルネットワークというユートピア的なビジョンは、今後も実現する見込みはない」という厳しい認識を示したのだ。

 以前に紹介したように、中国やロシアなどの権威主義的な国家は、国内インターネットの統制を強めている。中国は国内から海外のWebサイトへのアクセスをブロックする、大規模なネット検閲システム「グレート・ファイアウオール」を運営している。ロシアによるウクライナ侵攻は、インターネットの断片化「スプリンターネット」を加速させている。ロシアはFacebookやTwitterといった米国のSNS(交流サイト)を禁止し、国内インターネットの「ロシア化」を進めているといわれる。

 米国の理念を色濃く反映したこれまでのインターネットは、自由な意見の流通という民主主義的な理念に加えて、米国に利益をもたらしやすいという利点もあった。米国のビッグテックは、世界中のデータをのみ込み、歴史上、類を見ない富と力を手に入れた。データこそが地政学上の競争の源泉である現在、自由で開かれたインターネットは、米国、そして米国のビッグテックのデジタル覇権を支える礎でもあった。

 だがデジタル化があらゆる領域で進む現在、自由で開かれたインターネットは、サイバー攻撃など見えない敵からの攻撃を防御することが難しいという問題を抱える。国内の経済や企業活動、情報発信、国家運営に至るまで、破壊のリスクが潜む。

 さらに米国流インターネットがもたらす、ビッグテックへのデータの集中への反発も、世界各地で噴出している。

 例えば欧州連合(EU)は、主に米国のビッグテックによるデータ集中に対抗しようと、「一般データ保護規則(GDPR)」「デジタル市場法(DMA)」「デジタルサービス法(DSA)」という3つの規制によって、欧州地域のデータ保護に動いている。ビッグテックが人々の自由意思を奪う「監視資本主義」への対抗策という意味合いもある。民主主義という同じ価値観を持つ米国と欧州の間にすら、データの保護やプライバシー、基本的人権を巡って、明らかな溝が存在する。

 CFRのタスクフォース報告書は、こうした世界情勢の変化を捉え、「グローバルインターネットの時代は終わった」と指摘したわけだ。同報告書では、さらに「率直に言って、米国のサイバー空間とインターネットに対する政策は後れを取っている。米国はデジタル貿易のゲームから脱落し、国内で包括的なプライバシーおよびデータ保護規則を採用しないままである。そのため、米国が海外で主導権を握る能力が損なわれている」と分析する。

 その上で同報告書は、「米政府は現実を直視し、信頼され保護された国際的なコミュニケーションプラットフォームを維持するインターネットのビジョンの下、同盟国や友好国との連合を強化すべきだ」と提言する。米国が、EUのGDPRと相互運用可能な規則を採用することも求めている。