全5917文字
PR

 率直に言って、驚いた。トヨタ自動車(以下、トヨタ)が2021年12月14日に発表した新EV戦略のことだ。ただし、記者が驚いたのはトヨタが見せた「本気のEVシフト」なるものではない。したたかな広報戦略に、である。「あのトヨタが、メディアを黙らせることを狙ってここまでストレートな発表をするとは」というのが正直な感想だ。

新EV戦略を発表する豊田社長
[画像のクリックで拡大表示]
新EV戦略を発表する豊田社長
報道陣の質問に対し、「今までのトヨタのEVには興味がなかったが、これからのEVには興味がある」などと語った。(写真:日経クロステック)

 トヨタは、発表に関して極めて慎重な会社だ。あまりにも慎重すぎて、本音が見えないことも少なくない。世間に与え得る影響の大きさを心配してのことだとは思うが、ことEV戦略に関しては裏目に出た。結果、「トヨタはEVに後ろ向き」「ハイブリッド車(HEV)にこだわって世界から孤立する」「エンジン関連のトヨタグループの雇用を守りたいだけだろう」……などといった事実に反するイメージが世間に流布してしまった。

 トヨタの手に掛かれば、EVなど簡単に造れる。事実、超小型EV「C+pod」を商品化し、中型SUV(多目的スポーツ車)タイプのEV「bZ4X」の詳細についても公表済みだった。EVのコア部品でもある駆動用モーターと2次電池(以下、電池)、インバーターを、車載用部品としてどこよりも多く実用化しているのは同社である。これは、1997年から積み上げてきたHEVの累計販売台数が1870万台(2021年10月時点)に達しているためだ。さらに言えば、次世代電池として注目を集める全固体電池の技術でも特許でも、世界の先頭を走っているのはトヨタ(とパナソニック、東京工業大学連合)である。

新EV戦略の骨子
[画像のクリックで拡大表示]
新EV戦略の骨子
EV強化に向けて4兆円をつぎ込み、2030年に年間350万台のEVの販売を目指す。一方で、HEVなど他の電動車にも4兆円を投じる点にも触れている。(写真:日経クロステック)

EVを望む人がいなかった

 では、なぜトヨタはこれまでEVを本格的に展開してこなかったのか。ズバリ、「顧客が望んでいなかったから」だ。

 トヨタの基本的な開発姿勢は「お客様第一」。顧客が欲しいと思うクルマを提供するという考えでものづくりを行っている。新技術を開発するのも、顧客が望むクルマを成立させるためだ。自動車の開発に関して同社が「全方位戦略」を掲げるのは、「顧客が望むクルマを提供する選択肢をできる限り広げるため」である。だからこそ、エンジン車からHEV、プラグインHEV、燃料電池車(FCV)までのラインアップをそろえてきたのである。

 確かに、トヨタのEVの“弾”は薄かった。だが、EVを望む顧客が世界にもっと多く存在していれば、もっと早くからトヨタはEVを本格展開していただろう。現実には世界のEVの需要はとても少なかった。仮に乗用車クラスのEVを商品化していたとしたら、トヨタの規模なら間違いなく赤字だろう。現に同社は米Tesla(テスラ)と組んで2012年に「RAV4 EV」を米国カリフォルニア州で販売したが、ほとんど売れなかった。税控除と補助金で最大で1万米ドル(当時の為替レートで80万円程度)もの優遇があったにもかかわらず、だ。

 「Honda e」と「MX-30 EV MODEL」をそれぞれ販売中のホンダおよびマツダも、EV事業だけを切り出せば赤字のはずだ。日産自動車は「リーフ」を10年かけて50万台販売したというが、1年にならせば5万台である。やはり、EV単体では事業的に厳しいだろう。2020年に年間販売台数が約50万台に達したEV専業のTeslaにしても、黒字化したのは最近のこと(通年での黒字達成は同年が初めて)。しかも、クレジット(温暖化ガス排出枠)収入に大きく助けられたというのが実態だ。EVの生産・販売だけを見れば、2020年も通年で最終赤字だった。

 少なくともこれまでは、「顧客の多くが買いたいとは思わず、自動車メーカーは造っても赤字になる」というのが、EVに対する“等身大”の評価だったのである。

 そしてさらに、EV推進派の急先鋒(せんぽう)とも言える欧州委員会にとって「不都合な真実」がある。