スピーカーが発する音のように、においを空間と時間で制御するーー。こんな技術を、ソニーが2022年12月初旬に開催した、社内向け技術交換会「STEF(Sony Technology Exchange Fair)」で披露した。横4m×奥行き1.5mほどの展示空間に設置されたインスタレーション(展示空間も含めて全体を作品とするアート)である。
展示空間には、縦型のディスプレーが約1m間隔で3台並べられ、映像や音楽が流れている。ディスプレーの前に立った人には、映像や音楽に合ったにおいが提示され、においは映像や音楽とともに切り替わる。ディスプレーの間には仕切りなどはないが、それぞれのディスプレーの前に立った人たちに対して異なるにおいが混ざることなく提示される(図1)。
今回の展示では、「横50cm四方の範囲で1m以上離れた場所ににおいを届けた。数歩離れた場所で異なるにおいを楽しめるようになった」と、ソニー 新規ビジネス・技術開発本部で嗅覚事業を統括する藤田修二氏(ビジネス・インキュベーション部嗅覚事業推進室長)は言う。空間に所定のにおいを提示する演出は古くから行われているが、ここまで厳密な制御はできていなかったという。
これを実現したのが、ソニーが2022年10月に発表したにおい提示装置「NOS-DX1000」向けに開発した、におい制御技術「Tensor Valve(テンソルバルブ)」である(図2)。NOS-DX1000は、嗅覚測定や嗅覚トレーニングに向けた装置だ。
Tensor Valveは、におい漏れを抑制するとともに、高いダイナミックレンジでのにおい提示を可能にする。具体的には、においの素である嗅素成分を含む専用のカートリッジとカートリッジの弁を開けるワイヤ式のアクチュエーターで構成される(図3)。
カートリッジのタンク内には、嗅素を染み込ませた基材がらせん状に配置されている。カートリッジはにおいが漏れないように弁でふさがれたバルブ構造をしており、強い力をかけてにおいを密封している。においを送り出す際は、アクチュエーターのワイヤに電気を送ることでワイヤが収縮し、その力で針が飛び出してバルブを開ける。バルブが開くのと同時に空気を流して、におい分子を空気に付着させて届ける。そして、気流を制御して残香をすぐに除去する。
NOS-DX1000では嗅覚測定の場合、同じにおいで濃度が8段階異なるカートリッジを実装する。濃度差は最大で、実に1億倍である。「においの残りや混ざりをなくす技術によって、濃いにおいでも漏れがなく提示できるようになった」(藤田氏)。においの空間と時間の制御は、こうした技術をベースに、気流の制御によって実現するという。