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 IoT(インターネット・オブ・シングズ)を活用した新サービスの企画・開発を目的としたプロジェクト初日。集まったメンバーの多くは互いに面識がない。

 リーダー役はメンバーに紙を配り、こう言った。「『IoTに関して、我々は何を求められているか』について、自分の考えを絵で表してみてください。絵の巧拙は関係ありません。『客観的に見てどうか』ではなく、皆さん自身がどのように思っているか、感じているかを表現してほしい」──。

 日立製作所エンジニアリングサービス第1本部通信ネットワーク第1部で主任技師を務める新村幸裕氏が現場で実践している作業のイメージだ。メンバーに絵を描かせてみると、「その後の話のしやすさが全然違う」(新村氏)。「この人は何をしたいのか」に関する本音が見えてくるからだ。「チームづくりにとても役立っている」と新村氏は笑顔で話す。

日立製作所エンジニアリングサービス第1本部通信ネットワーク第1部主任技師の新村幸裕氏
日立製作所エンジニアリングサービス第1本部通信ネットワーク第1部主任技師の新村幸裕氏
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草の根的に現場で広がる

 新村氏が活用しているのは「SSM(Soft Systems Methodology、ソフトシステムズ方法論)」のテクニックの一つ、「リッチピクチャー(Rich Picture)」だ。

リッチピクチャーの例
リッチピクチャーの例
出所:日立製作所 協力:アコモデーション
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 SSMは組織やチーム、プロジェクトに参加する様々なステークホルダーが共通して抱く「思い」や「暗黙の了解」などを浮かび上がらせてコミュニケーションを深め、新たなアクションに効果的につなげる手法を指す(注)。英ランカスター大学名誉教授のピーター・チェックランド(Peter Checkland)氏が1970年代に提唱した「超アナログ技法」だ。リッチピクチャーはSSMにおける主要な道具の一つである。

注:ここでは関係者への取材に基づき、SSMのエッセンスにのみ触れる(チェックランド氏にも2003年に取材した)。詳細な説明は内山研一著『現場の学としてのアクションリサーチ―ソフトシステム方法論の日本的再構築』(白桃書房、2007年)などを参照。リッチピクチャーの説明などは同書を参考にした。

 日立は長年、主に中堅クラスのSEを対象にSSMの研修を実施している。始めたのは18年前の2002年。それ以来、日本におけるSSM研究の第一人者である大東文化大学経営学部教授の内山研一氏や、数々の企業や組織におけるSSMの研修やファシリテーションを手掛けるアコモデーション代表取締役の鈴木聡氏の支援を得て、今に至るまで継続。受講者はトータルで600人を超える。「18年間も教え続けている企業は世界でも珍しい」と鈴木氏は話す。

 その間、日立は社会イノベーション事業にかじを切り、その延長でデジタル変革に関わる事業化を推し進めている。その過程で「SSMの役割がより大切になった」と研修の運営を長年担当してきた日立 システム&サービスビジネス統括本部の初田賢司氏は話す。

 SSMが向くのは「目標や課題が明確ではないが、何とかしなけれはならないと感じられる」状況。チェックランド氏はSSMについて「実世界における、混沌とした問題のある状況に取り組むための体系立ったプロセス」と表現する。

 こうした状況では「ステークホルダーが多様化しており、かっちりとした合意は不可能。『大方、そういうことだろう』という、ボンヤリとしているが皆が腹落ちする合意が必要になる」(鈴木氏)。多くの企業が「AI(人工知能)などデジタル技術を新規事業やサービスの創出にどう生かすか」に頭を悩ませる今こそ、SSMの出番と言える。

 新村氏は2016年にSSM研修を受講。その成果を現場で生かしている。このように日立では草の根的にSSMが現場で広がりつつあるようだ。