「(SWIFT制裁は)簡単には抜けない刀だが、今回は仕方がないと判断したのだろう」(三菱UFJ銀行出身でFINOLABのChief Community Officerを務める柴田誠氏)。米国、欧州、日本などが、ロシアの一部銀行をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除する。同国におけるクロスボーダー決済は機能不全に陥り、貿易取引は停滞すると予想される。ロシア経済に深刻な打撃を与えるのは明らかだ。
SWIFTが運営する国際決済ネットワーク「SWIFTNet」は、金融機関間の送受金を指示するメッセージを伝送するための道具にすぎない。しかし、世界11位のGDP(国内総生産)を持つ国の経済活動をまひさせ得るほどの影響力を持つ。制裁の是非はともあれ、この状態は危うさをはらんではいないか。ウクライナ危機は、国際決済ネットワークの在り方にも一石を投じることになるかもしれない。
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SWIFTNetは世界の200カ国・地域以上、1万1000以上の金融機関を結ぶ巨大なネットワークシステムだが、厳密には金融機関間で資金を移動させる機能はない。あくまで、効率的な資金移動を支援するためにメッセージのやり取りを担う存在だ。実際の資金移動は、各銀行が互いに決済口座を持ち合い、このメッセージに基づいて実施する。互いに決済口座を持ち合っていない銀行間の資金移動では、コルレスと呼ぶ中継銀行が仲介をしている。
本来、送受金の指示を効率的にやれる道具がほかにあれば、必ずしもSWIFTNetを使わなくてもよい。実際、中国は近年になって独自の国際決済ネットワーク「CIPS」を構築している。ただし、そのボリュームは「SWIFTと比較すると1日の取引量は200分の1程度とみられる」(野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミスト)といい、存在感は限定的だ。
ほかにも抜け道はいくつかある。代表例が、欧米日が対処を急ぐ暗号資産(仮想通貨)である。暗号資産による送受金はSWIFTを経由しない。国際的な暗号資産交換所のなかには、政府による規制に後ろ向きな事業者もあるとされる。ただし、貿易取引の決済で暗号資産を受け入れる一般企業は限られるだろう。
FinTech企業が提供する国際送金サービスも、抜け穴たり得るように見える。例えば、英ワイズのビジネスモデルは、国内送金を応用することで国際送金を実現している。日本から英国に10万円を送りたいAさんと、英国から日本に10万円を送りたいBさんがいるとする。ワイズは両者をマッチングさせることで、Aさんから受け取る10万円を、Bさんが送金したい日本の口座に振り込む。一方で、Bさんの10万円は、Aさんの送金先である英国の口座に振り込む。それぞれは国内送金で完結し、SWIFTは登場しないわけだ。
実際にはAさんとBさんのように、需要が完全に一致することはなく、差額が生じる。ワイズはこの対応にSWIFTは使っておらず、独自技術を利用しているという。ただ、類似サービスを手掛けるほかのプレーヤーがSWIFTを利用している可能性は排除できない。「全くSWIFTを使っていないというプレーヤーは聞いたことがない」(柴田氏)。
SWIFT制裁には、間接的な効果も大きい。木内エグゼクティブ・エコノミストは、「SWIFTからの排除によってレピュテーションリスクが高まる。ロシアの友好国以外は、このことを重視し、ほかの手段を使うことも控えるだろう」と語る。
本稿執筆時点で、SWIFT制裁の対象からロシア最大手のズベルバンクやエネルギー貿易に関する決済を担うガスプロムバンクは除外されている。ただ、「この2行と通常の商取引をする銀行はほとんどないだろう。非常にリスキー」と、柴田氏はみる。
つまり、ロシアの一部銀行がSWIFT制裁対象になった時点で、同国における大部分のクロスボーダー決済が停止に追い込まれる。こうした状態でロシア企業との取引を望む外国企業はなかなか現れないだろう。
繰り返しになるが、SWIFTやSWIFTNetそのものはメッセージを送信する比較的シンプルな道具だ。しかし、有効な代替手段がないなかで巨大な力を持つに至った道具である。そこで気になるのは、持ち主は誰なのか、である。