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 望ましいのは「アルゴリズムによる自動化」か「人間の介入」か――。

 Web検索の表示順からSNS(交流サイト)のタイムラインまで、ITサービスにおいて「自動化」と「人間の介入」のバランスは常に論争の種になってきた。

 現在のAI(人工知能)技術をもってしても、人の介入なしには不適切なコンテンツの排除は難しい。一方で、恣意的な介入が過ぎればユーザーの不信感を生む。さらに、いずれの方法も判断のブラックボックス化につながる余地があり、判断の透明性が求められる。

 米Twitter(ツイッター)を買収したElon Musk(イーロン・マスク)氏は、自動化を信奉するエンジニアの急先鋒(せんぽう)といえるだろう。同氏は買収前からTwitterのコンテンツモデレーション(投稿監視)の厳しさを批判していた他、買収合意のリリース文で「アルゴリズムのオープンソース化による信頼性の向上」を方針に掲げた。

 ブロックチェーンとWeb3(Web3.0)の潮流がここまで盛り上がった背景の1つにも、「少数の人間による恣意的な介入を嫌い、自動化/自律化を追求する」というエンジニアの思想がある、と筆者は考えている。

 恣意的な介入が難しい分散/自律型のアーキテクチャーを実現すれば、国家や少数の大企業による統制がおよばない、自由な世界を実現できる――。そんな発想の先に、暗号資産(仮想通貨)やWeb3のブームが巻き起こり、多くのエンジニアが参加した。

 だが、2022年には早くもブームに陰りが見えている。デジタルアートなどにひもづくNFT(非代替性トークン)は相次ぎ値を下げた。暗号資産交換業大手FTXトレーディングの経営破綻は、自律的に動くブロックチェーンの外側にいる人間(経営陣)へのガバナンスが全く効いていない実情を浮き彫りにした。

 アルゴリズムによる自動化と、人間による介入のバランスをどう取るべきか。憲法学とサイバー法学を専門とし、『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』『コモンズ―ネット上の所有権強化は技術革新を殺す』などの著書で知られる米Harvard(ハーバード)大学のLawrence Lessig(ローレンス・レッシグ)教授に聞いた。

(聞き手は浅川 直輝=日経コンピュータ編集長)

現在のWeb3のムーブメントについてどのような印象を持っていますか。インターネットやWeb1.0の黎明(れいめい)期と比較し、何が同じで、何が違うのでしょうか。

ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授
ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授
(写真:Web会議の画像をキャプチャー)
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 最初に認識すべきは、私たちはWeb3の歴史の中で非常に早い段階にいるということです。今後Web3がどのように発展していくのか、はっきりとしたことは言えません。言えることは、その可能性だけです。

 私が理解する「Web3の可能性」の重要な側面は4つあります。1つは、(契約の履行や規制の執行など)ガバナンスのための効果的なインフラになり得るという点です。

 Web3ではブロックチェーンを通じ、強制力のある機械的な契約――「スマートコントラクト」という名前は奇妙に感じるので、私は「コードコントラクト」と呼んでいます――を結ぶことができます。

 もちろん現在のWebでも、機械的な契約を結ぶことはできます。Amazon.comで「6カ月ごとに歯磨き粉を送ってくれ」と定期購入を申し込めば、6カ月ごとに歯磨き粉が送られてきて、クレジットカードに請求されます。

 Web3のコードコントラクトも同じように機能しますが、重要な違いがあります。分散化され、より透明性の高いインフラで実行されることです。ブロックチェーンに基づくインフラを使うことで、プラットフォーム企業や政府が提供する閉じたインフラと比べ、より高い信頼性を実現できる可能性があります。

 第2の側面は、第1と関連し、ガバナンスとトラスト(信頼)の実現にかかるコストを劇的に低減できる点です。契約や規制の構造を記述したコードをコピペすればよいので、人が介在する場合と比べ、契約の履行や規制の執行などに要するコストを大幅に引き下げ、誰もがその恩恵を受けることができます。

 第3の側面は、トークンエコノミクスによって生じるインセンティブに基づき、コミュニティーのための公共財の創出に協力するよう人々を誘導できる点です。

 その例の1つが米国における「CityCoins」のプロジェクトです。同プロジェクトではマイアミ市やニューヨーク市などの自治体を支援する目的でコインを発行しており、その発行益の一部が自治体の収入になります。世界中の誰もが容易にアクセスできるというWeb3の構造を用いて、現実世界で良いガバナンスを行う機会を与えてくれる一例だと思います。

 こうしトークンエコノミクスの効果と、先に言及した取引コスト低減の効果は、一部のプラットフォーム企業に力が集中する現在のインターネットビジネスに変化をもたらす可能性があります。これが第4の側面です。

 ロナルド・コースの経済理論には、取引コストが高いと一部の組織に権限が集中し、組織が肥大化するとの指摘があります。例えば特許の分野では、特許権の取引コストが極めて高いことから、特許権者は(M&Aなどを通じて)企業の規模を拡大させることで、競合他社に対抗できる特許レパートリーを持とうとするインセンティブが働きます。

 Web3のインフラを使うことで様々な取引のコストを引き下げることができれば、一部の企業に権利が集中する必然性は薄れます。いずれ、インターネットにおいてよく見られる「少数の支配的なプラットフォーム企業に力が集中する」状況に抵抗する方法が見つかるかもしれません。

 しかし繰り返しますが、現時点ではあくまで可能性の話です。Web3から「良いもの」が生み出されると私たちが確信できるようになるには、しばらく時間がかかると思います。