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「元首相が亡くなって、大変だったな。日本人の多くが悲しんでいるんだろ? えーと、名前は……」
「シンゾウ・アベ」
「そうそう、そうだ、そうだ」

 2022年7月のある日、ウーバーに乗ったとき、筆者が日本人だと分かると、運転手は安倍晋三元首相に対する銃撃事件の話題を振ってきた。別の日も、近所の女性たちに同じように話しかけられた。

 少なくとも、筆者の周囲にいる米国人の共通認識は、「任期が長い=国民から人気がある」というものだった。だからこそ、連続、並びに通算の在任期間で歴代最長の安倍氏が亡くなったことで、多くの日本人が悲しみに暮れていると思い、筆者に対して慰めの言葉をかけてくれたのだった。

 そんな安倍氏は、実はシリコンバレーと無縁ではない。同氏は2015年、現役首相として初めてシリコンバレーを訪問したことで知られる。米Facebook(現Meta Platforms)のCEO(最高経営責任者)であるMark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)氏や、米Tesla(テスラ)のCEOであるElon Musk(イーロン・マスク)氏など、現地の著名な起業家や経営者、投資家などと会合を持った他、スタンフォード大学にも訪問し、同大学で開催されたイベントで講演。この中で、「シリコンバレーと日本の架け橋プロジェクト」を2015年4月30日に発表した。「人材」「企業」「機会」の3つの観点からシリコンバレーの資源を生かすプログラムを実施して、シリコンバレーと日本の起業家・企業をつなぐことで、世界で通用するイノベーションを持続的に創造する仕組みの形成を目的に立ち上げたものである。

 その一環として2015年度に始まり、現在8年目を迎えているのが「始動 Next Innovator」(以下、始動)だ。自ら挑戦し、行動し続ける「イノベーター」を育成するためのプログラムである。始動では、イノベーターを「既存の組織や産業の枠を超えて事業機会を見つけ出し、新たな価値を創造するために失敗を恐れず、果敢に挑戦する人物」と位置付けている。始動を主催するのは経済産業省や日本貿易振興機構(JETRO)だが、運営は、企業支援やベンチャーキャピタル(VC)を手がけるWiL(ウィル)が担う。

 始動は1年ごとのプログラムで、毎年夏に始動に参加したい人を公募し、審査をパスした約100人に対して秋ごろから国内で研修を実施する。さらに選抜された20人に対して、翌年1~2月ごろにシリコンバレーで実施する研修の機会を提供する。

2022年7月に実施した、2020年度と2021年度の合同のシリコンバレープログラムにおけるWiLオフィスでの研修の様子(写真:WiL)
2022年7月に実施した、2020年度と2021年度の合同のシリコンバレープログラムにおけるWiLオフィスでの研修の様子(写真:WiL)
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20年度・21年度合同のシリコンバレープログラムで講演するWiL General Partner & CEOの伊佐山元氏(写真:WiL)
20年度・21年度合同のシリコンバレープログラムで講演するWiL General Partner & CEOの伊佐山元氏(写真:WiL)
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 国内研修を通じて、新規事業創出やイノベーターに必要なマインドセットやスキルセットなどについて学ぶ。加えて、専門家によるメンタリングで自らの事業計画を練っていく。さらにその事業計画についてピッチを実施し、審査をパスした約20人を対象に、カリフォルニア州パロアルトにあるWiLのシリコンバレーオフィスを拠点にして研修を行う。

 例えば、スタンフォード大学やスタートアップ、VCなどへの訪問・対話を通じてシリコンバレーのエコシステムを体感してもらう。現地のピッチイベントに参加して事業計画をプレゼンしたり、メンターから指導を受けたりして、自らの事業計画を磨いていく。最終日には、シリコンバレーにおける活動や経験、それを基に見直した今後の事業計画や行動計画を研修メンバーの前で各自が講演する。

米国にいるメンターから指導を受けて、自分の事業計画を磨いていく。写真は、20年度・21年度合同のシリコンバレープログラムでの様子(写真:WiL)
米国にいるメンターから指導を受けて、自分の事業計画を磨いていく。写真は、20年度・21年度合同のシリコンバレープログラムでの様子(写真:WiL)
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シリコンバレープログラムでは、ベイエリアの企業を訪問する機会もある。写真は20年度・21年度の合同プログラムの一環で、米セールスフォース本社で研修した際の様子(写真:WiL)
シリコンバレープログラムでは、ベイエリアの企業を訪問する機会もある。写真は20年度・21年度の合同プログラムの一環で、米セールスフォース本社で研修した際の様子(写真:WiL)
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