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 人手不足にあえぐ建設業界で多くの人材を引き付けて急成長する建設会社がある。東京都港区に本社を置く中央建設だ。かつて愛媛県今治市で公共工事を細々と請け負う零細企業だった同社は、4代目社長の渡部功治氏が一念発起して2010年に東京へ進出した。16年に元請けで施工した「新豊洲Brillia(ブリリア) ランニング スタジアム」は19年の日本建築学会賞に選ばれ、注目を集めている。事業規模も着実に拡大しており、過去5年で売上高は5倍、従業員数は4倍に成長した。逆風下で前進する経営の秘訣を渡部社長に聞いた。

中央建設の渡部功治社長。愛媛県今治市の小さな建設会社だったが、2010年から東京で営業を始め、事業規模を拡大させた(写真:日経 xTECH)
中央建設の渡部功治社長。愛媛県今治市の小さな建設会社だったが、2010年から東京で営業を始め、事業規模を拡大させた(写真:日経 xTECH)
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何の基盤もなかった東京に上京して、2010年から営業を始めた。愛媛県今治市を拠点としていた小さな建設会社がなぜ東京を目指したのか。

 今治市にいたときは自治体が発注する土木工事を受注していました。入札できる案件は最低ランクの規模が小さい工事ばかり。それでも発注数に限りがあるので、建設会社の間で仕事の取り合いになる。金魚鉢の中の争いを続けていました。私が中央建設に入社した05年ごろは、売上高は1億円に満たず、従業員は社長を入れて5人ほどでした。長男が生まれて未来を真剣に考えるようになりましたが、じいさん、ばあさんばかりの今治ではいつか水場が干上がるのは明白なこと。東京に出て井戸を掘って新しい水脈を見つけるしかなかったのです。

15年6月期から5年間の業績を見ると、売り上げ拡大に伴い従業員数も大幅に増えている。人の確保が難しいとされる建設業界で、どのように従業員を集めているのか。

 私が社長に就任した08年から定年を70歳に引き上げました。老後破算をしないために、70歳定年はマストだと考えたのです。東京に事務所を構えたばかりの12年ごろはハローワークから人材を紹介してもらい、60代の技術者を積極的に採用しました。60代の人は「5年居てくれれば十分」という感覚がないと採用できません。ただ、ベテランなので現場を任せられる。やる気があれば年齢は関係ないでしょう。大事なのは性根が据わっていること。新しい井戸を掘って事業を拡大するという「井戸掘り精神」に共感してくれる人を選んでいます。

 求人情報誌なども活用しています。「求人媒体にお金をかけても効果がない」と考えて募集広告を載せない会社が多いようですが、募集しなければ人が来ないのは当然でしょう。同業他社が掲載を諦めるので、求人情報誌では中央建設が必然的に目立つようになる。最近では当社のホームページを見て応募してくれる人も増えてきました。面接は私が行う社長面接のみですが、採用の打率はだいたい半分といったところです。最近は若い人材も増えており、20~30代が3割、40~50代が3割、60代が4割の構成になっています。

中央建設の売上高と従業員数の推移。2015年6月期からの5年間で従業員数が約4倍に増えている。取材を基に日経 xTECHが作成
中央建設の売上高と従業員数の推移。2015年6月期からの5年間で従業員数が約4倍に増えている。取材を基に日経 xTECHが作成
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大手ゼネコンを退職した技術者も採用している。“元ゼネコン”のつながりによる人の紹介もあるか。

 人づてによる採用はほとんどありません。従業員を頼って「知り合いの知り合い」を紹介してもらう採用は避けています。大事なのは私と一緒に井戸を掘ってくれるか、私の精神に共感してもらえるかという点だからです。だから、採用活動を従業員に任せていない。人事担当者の多くは、応募してきた人を落とすことしか考えないでしょう。役員による面接でも積極的なふるい落としが目的になる。社長以外は採用リスクがのみ込めないからです。それが社長面接のみで人を採る理由です。合否はほとんどが面接の当日か翌日に連絡します。面接中に採用を決めた従業員もいます。