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人間は自分の経験に重きを置きがちだ。水害に遭わない状況が続けば安全だと楽観し、水害が暮らしやなりわいにもたらす影響を忘れがちになる。水害対策の在り方を議論する上では、水害による影響の実像とそのリスクを知ることが重要だ。「令和2年(2020年)7月豪雨」による被災地を歩いて見えてきた生活被害の実像と、リスク論の観点を踏まえたこのエリアの治水対策について、元国土交通省で水源地環境センターの安田吾郎氏が説く。

人生設計を壊す水害

 令和2年7月豪雨で熊本県南部が被災してから5日目。球磨川右岸堤防で、白柿洋征氏が経営する「やぎのいる球磨川牧場」のヤギに出会った。もともと35頭のヤギを飼っていたが、今回の水害で納屋の高い場所へ逃がしきれずに4頭が死亡。さらに乳製品の生産設備が被災して、残ったヤギの約半分を人に預けたという。

熊本県あさぎり町内の球磨川右岸堤防で放牧されているヤギ。2020年7月8日撮影(動画:水源地環境センター)

 白柿氏は、サラリーマン人生の後、子どもが動物に触れ合える場所を作りたくて牧場を設けたという。被災後は廃業も考えたが思い悩んだ末、ヤギの搾乳と乳製品の生産の再開を決断した。

 ただ白柿氏とは違って、地元で営んでいたなりわいの再開を断念した人も多い。水害は、時には夢や希望を打ち砕き、人生設計を困難にする。

 床上浸水以上の被害が生じると、命は助かったとしても家財の多くが使用できなくなり、まずは腐敗による臭気と戦いながらの片付けや廃棄処分を強いられる。ゼロからではなく、マイナスからのスタートだ。

被災した商店の片付けをする人たち。人吉市内で2020年7月9日撮影(写真:水源地環境センター)
被災した商店の片付けをする人たち。人吉市内で2020年7月9日撮影(写真:水源地環境センター)
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 大規模な水害の場合には交通網が寸断され、物資の輸送も困難を極める。今回の球磨川の水害では、3つの鉄道橋を含む17の橋が流出した。球磨川中流部沿いの線路や道路も各地で浸食・崩壊。山間部の道路も土砂崩落により寸断された。

何カ所にもわたる土砂災害で通行不能になった熊本県相良村の椎葉川沿いの道路。2020年7月9日撮影(写真:水源地環境センター)
何カ所にもわたる土砂災害で通行不能になった熊本県相良村の椎葉川沿いの道路。2020年7月9日撮影(写真:水源地環境センター)
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