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 東京電力福島第1原子力発電所の事故を巡る4件の集団訴訟で、最高裁は2022年6月17日、裁判官の多数意見を基に国の責任を認めない判決を出した。裁判官4人のうち3人は、東日本大震災で発電所を襲った津波が事前の想定と異なることなどを理由に、たとえ国が東電に命じて防潮堤などを設置したとしても、事故を防げなかったと判断した。

 しかし、反対意見を述べた裁判官は、国が規制権限を行使して東電に防潮堤の設置と施設の浸水対策を命じなかったことを違法と判断。万が一にも深刻な災害が起こらないようにするという法令の趣旨に反すると批判した。問題視したのは、国が権限行使の是非を判断する際に、「地震活動の長期評価」を顧みなかったことだ。

国の地震調査研究推進本部(地震本部)の地震調査委員会が2002年7月に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(写真:日経クロステック)
国の地震調査研究推進本部(地震本部)の地震調査委員会が2002年7月に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(写真:日経クロステック)
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 長期評価とは、国の地震調査研究推進本部(地震本部)の地震調査委員会が、三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いを対象に、長期的な観点で地震の発生の可能性や震源域の形態などの評価をまとめたものだ。02年7月に公表した。

 長期評価では、1896(明治29)年の明治三陸地震と同様の地震が三陸沖北部から房総沖にかけての日本海溝寄りの領域でどこでも発生する可能性があると分析。マグニチュード8クラスのプレート間大地震(津波地震)が今後30年以内に約20%、50年以内に約30%の確率で発生し、地震の規模は津波マグニチュード8.2前後に上ると推定した。

 東電は、長期評価に基づいて発電所に到来する可能性のある津波を予測するよう、子会社の東電設計に指示。2008年4月に東電設計から報告を受けた。東電設計の試算では、敷地の南東側の前面に最大15.7mの津波が押し寄せ、主要な建屋の付近が最大2.6mほど浸水すると予測した。

 集団訴訟で損害賠償を求めた避難住民らは、長期評価に基づいて津波の試算を行えば、発電所の敷地の高さ(海抜10m)を超える津波が到来すると予見できたのだから、国が規制権限を行使して東電に適切な措置を講じるよう義務付けていれば事故を防げたと主張した。

 ただ長期評価を巡っては、審議段階から異論が噴出。地震や津波の専門家の間では、長期評価の科学的な信頼性を疑問視する向きが多かった。例えば長期評価では、明治三陸地震の他、慶長三陸地震(1611年)と延宝房総沖地震(1677年)の3つの津波地震が対象領域で発生したと記したが、後2者については震源域が明らかでないなどの見方もあった。

 そのため、集団訴訟の一審と二審では、長期評価の信頼性やそれに基づく事故の予見可能性が主要な争点となった。4件の控訴審判決のうち、3件は国の責任を認めていた。しかし、最高裁の多数意見に基づく判決では、それらの争点に対する判断を明確に示さなかった。

 最高裁の判決では、実際に発電所に襲来した津波が想定と異なっていたという「結果」にのみ着目。津波が想定と異なるがゆえに、防潮堤の設置など、当時の知見に基づく津波対策を講じても事故を防げなかったと結論付けた。

 これに対して、最高裁で多数意見に反対した裁判官は、控訴審までの判決と同様に、それらの争点を検討した上で、判決に異を唱えた。例えば、専門家の異論が続出した長期評価の信頼性については、次のような見解を示した。