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 東京電力福島第1原子力発電所の事故を巡る訴訟で、最高裁は2022年6月17日、国の責任を認めない判決を出した。避難住民らが国に損害賠償を求めた4件の集団訴訟に対する統一判断だが、4件の控訴審判決のうち3件は国の責任を認めていた。

 その1つ、東京高裁が21年2月に出した判決は、最高裁が明確な判断を示さなかった事故の予見可能性を認め、国が著名専門家の意見を盾に適切な安全対策を怠ったと断じた。判決では、国と東電のやり取りを詳述し、専門家に盲従した国の姿勢を批判した。

東京・霞が関の東京高裁が入る庁舎(写真:日経クロステック)
東京・霞が関の東京高裁が入る庁舎(写真:日経クロステック)
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 東京高裁が着目したのは、地震活動の「長期評価」を巡る国の原子力安全・保安院(当時、12年9月廃止)と東電の対応だ。長期評価とは、国の地震調査研究推進本部(地震本部)の地震調査委員会が、三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いを対象に、長期的な観点で地震の発生の可能性や震源域の形態などの評価をまとめたものだ。02年7月に公表した。

 国に損害賠償を求めた避難住民らは、長期評価に基づいて津波の予測を行えば、発電所の敷地の高さ(海抜10m)を超える津波が到来すると予見できたのだから、国が規制権限を行使して東電に適切な措置を講じるよう義務付けていれば事故を防げたと主張した。そのため、訴訟では長期評価に基づく事故の予見可能性が主要な争点となった。

 東京高裁の判決によると、地震本部が長期評価を公表した5日後の02年8月5日、保安院は東電に長期評価への対応方針を尋ねた。質問は2つ。「地震本部は三陸沖から房総沖で今後30年以内に津波地震が発生する確率を20%と発表したが、原子力発電所は大丈夫か」「地震本部は、三陸沖から房総沖の海溝寄りの領域において、どこでも津波地震が起こることを想定しているのに対し、土木学会は福島県沖と茨城県沖では津波地震を想定しないが、なぜか」

 長期評価の公表に先立つ5カ月前の02年2月、土木学会の原子力土木委員会は、原子力発電所の設計津波水位の評価方法を示した「原子力発電所の津波評価技術」と題する報告書を作成した。同委で報告書の作成に携わった津波評価部会には、地震や津波の一線級の専門家の他、東電を含む電力会社の担当者も加わっていた。

 東電は翌02年3月、この津波評価技術に基づいて、「津波の検討―土木学会『原子力発電所の津波評価技術』に関わる検討―」と題する報告書をまとめ、保安院に提出した。このとき、東電が設定した福島第1原発の設計津波最高水位は最大で5.4~5.7mだった。

 東電は、長期評価の対応方針に関する保安院の質問に対して、最新の知見である津波評価技術に基づいて原子力発電所の安全性を確認していると回答。福島第1原発の安全性に問題はないと主張した。さらに、津波評価技術の策定に携わった著名な地震専門家が記した共著論文を引き合いに、次のように説明した。

 「論文によれば、典型的なプレート間大地震が発生している領域の沖(海溝付近)では津波地震は発生せず、プレート間地震が発生していない領域の沖(海溝付近)では津波地震が発生することを、プレート境界面の結合の強さや滑らかさ、沈み込んだ堆積物状態の違いから説明しているため、津波評価技術では福島県沖から茨城県沖までの海溝寄りの領域において津波地震を想定していない」

 しかし保安院は、既に同様のヒアリングを行っていた東北電力が、女川原子力発電所(宮城県女川町)でかなり南まで波源を移動させて検討していることを取り上げ、福島県沖から茨城県沖についても津波地震を計算すべきだと提案した。