企業活動で生じる自然リスクについて、国際組織「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」が開示指針を2023年9月に正式決定するのを控え、民間企業に開示が義務づけられる可能性が出てきた。建設産業では、建設会社が対応策の検討に動き出した他、建設コンサルタント会社が開示サービスを立ち上げるなど、新たな商機を見いだしている。
既に世界で1000社を超す企業が、TNFDの方針に沿って開示する意向だ。国内でも大手企業の他、国土交通省や環境省など官公庁も相次いで枠組みへの賛同を表明している。
TNFD設立の狙いは、自然環境をより良くする「ネイチャーポジティブ」への投資を促すことだ。23年3月にTNFDが開示指針の案を示した。
気候変動に伴う経営リスクを評価する「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」に続く国際組織としてTNFDが構想された。いわばTCFDの自然版といえる。
気候変動関連のTCFDに基づいて情報開示する企業は、東証プライム上場企業の9割以上に拡大した。金融庁の指示を受けて東京証券取引所が21年にコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)を改訂し、22年からTCFDの勧告に基づく開示義務を課したことが背景にある。
東証では24年に再度、コーポレートガバナンス・コードの改訂を見込む。その際にTNFDについても同様に情報開示が義務化される可能性がある。
TNFDの開示指針を整備するための国際的なチームの一員に選出されたMS&ADインシュアランスグループホールディングス(東京・中央)の原口真TNFD専任SVPは、「義務化の行方とは関係なく、企業は投資家対応で自発的に開示せざるを得なくなるのではないか」と指摘する。
「23年3月に開示指針の案が出されて以降、海外の機関投資家から国内の上場企業に向けて、TNFDへの対応を求める声が高まっている」(原口TNFD専任SVP)。23年9月に正式版が公表されれば、投資家からの対応圧力が一層増す可能性がある。民間が先行して開示を進めれば、国が無視することは難しく、法的義務化に向けて動かざるを得なくなるという。
開示指針案では「LEAPアプローチ」と呼ばれる手法を導入している。企業活動が自然に与える影響の大きな地域を見つけ、その具体的な影響の度合いを診断。診断結果を踏まえて、企業がリスク評価や対策の効果を開示する手法だ。TNFDの情報開示は当面、高リスク地域が優先される見込みだ。
事業領域と自然との関わりが深い建設産業も、TNFDによる開示指針の正式決定に備えて対応を急ぐ。TNFDが定義する「企業活動」を実施する地域に、建設現場と原材料の供給地点が含まれるからだ。大手建設会社は国内に数百の現場を抱えており、情報の収集に時間がかかる。特に海外輸入に頼る原材料では、トレーサビリティー(生産履歴の追跡)が不十分なケースが多い。
西松建設は23年4月、TNFDの開示指針への対応を含めた持続可能な経営の強化に向け、組織改革を実施した。経営方針と時流にずれがないかを監督する取締役会の諮問機関「サステナビリティ委員会」と、長期的な視点に立って事業活動が及ぼすプラスとマイナスの影響を検討する「リスク・機会マネジメント委員会」を新設した。
西松建設の千田雅人地球環境部長は、「環境分野の経営課題として、脱炭素に続いて生物多様性が浮上し、TCFDと同様の情報開示のムーブメントが起こると考えた」と話す。