全5906文字
PR

 既に腐り始めていると言ったほうがよい。何の話かと言うと、日本で今やピークに達したDX(デジタルトランスフォーメーション)ブームのことだ。何せ「DX」という言葉がどんどん溶解しているからだ。

 最近、ある識者が「DXの活用」などと述べているのを知って腰を抜かしそうになった。DXとは「デジタル技術を活用したビジネス構造の変革」、短く言うなら「デジタル変革」だぞ。どうやったら「『デジタル変革』の活用」なんてできるのだ。目まいがするほど驚いたのだが、つい最近も「DX=デジタル化」とする経済記事を見つけて本当に腰を抜かしてしまった。そう言えば「DXの導入」なんてフレーズを目にしたこともあったな。もうめちゃくちゃである。

 これって単に言葉の誤用といった程度で済む問題じゃないぞ。ここまでDXという概念がぐちゃぐちゃになっているのは、個々の企業が取り組んでいるとするDXの状況を反映している。試しに「DXの活用」と「DXの導入」のDXを「デジタル」に置き換えてみるとよい。ほら、何の違和感もなく納まるだろう。さらに「IT」に置き換えてみると、「ITの活用」「ITの導入」となる。つまり日本企業におけるDXの取り組みが、これまでのIT活用やIT導入と何ら変わらないレベルに堕落しつつあることを反映しているわけだ。

 実際、新型コロナウイルス禍によって強いられたテレワークをもって「我が社のDXの取り組み」とするアホな企業を散見する。経営者がTeamsやZoomを使って経営会議を主宰できるようになったとか、テレワークを阻害するハンコを全廃したとかでDXが進展していると錯覚しているのだろう。だがそれって、単に既存の業務をそのままデジタル化したにすぎない。その意味では、まさに「DX=デジタル化」に堕落してしまっているわけだ。

 最近、「従来の顧客相手に従来通り仕事をするならテレワークでも可能だが、新規開拓ができない」と嘆く声をよく聞くようになった。おいおい、新型コロナ禍でテレワークを導入してから、どれくらいの月日がたったんだ。その間、デジタルを活用した営業手法の変革を考えなかったのだろうか。それこそがDXである。そう言えば、この前、ある企業のオンラインセミナーの受講をWebで申し込んだら、Zoomの使い方を記したチラシが郵送されてくるというシュールな体験をさせてもらったが、これもその類いの話だろう。

 この「極言暴論」とは別の私の正統派コラム「極言正論」で指摘したのだが、最近DXを巡って「不穏な空気」が漂い始めている。天変地異や社会変動に直面すると、人や社会には変革の機運が芽生えるものだ。実際に新型コロナ禍により、DXに取り組むとする企業が一気に増えた。だが、危機があまりに長引いていることもあってか、企業の間では変革より「守り」の意識が芽生え始めている。そんな状況なので企業のDXの取り組みが変質し、空前のDXブームが腐り始めているのだ。