
人月商売のSIerはなぜ「ご用聞き」になるのか。「そんなの当たり前じゃん」と言う読者は多いと思うが、SIerのご用聞きにはなかなか深い闇がある。この「極言暴論」では多重下請け構造など人月商売の闇に切り込むことが多く、ご用聞きがもたらす害毒についてはあまり掘り下げてこなかった。もちろん、ご用聞きと人月商売というSIerの2つの基本属性は表裏一体で切り離せないのだが、今回はご用聞きの問題に焦点を当てて暴論しようと思う。
ご用聞きは人月商売と表裏一体と書いたが、別の観点から言うと「一品もの」を手掛ける企業に共通する問題でもある。人月商売のSIerは建設業界のゼネコンに似ているとよくいわれるが、それだけじゃないぞ。重電メーカーや造船会社、プラントエンジニアリング会社などともよく似ている。以前、重電メーカーの幹部が「営業が単なるご用聞きになってしまっていては駄目だ」と話すのを聞いたことがある。
少し話が脱線するが、一品もので商売する企業には他にも共通する問題がある。客のご用を聞いてつくる一品ものにおいては、料金決めが総括原価方式になる。要するに、つくるために費やすコストを積み上げていって、そこにいわゆる「適正利潤」なるものを加えて料金とする。で、その原価に占める人件費(正確には労務費)の割合が極限的に高まれば、料金は人月工数ベースとなる。これがIT業界の人月商売だ。いずれにせよ、こうした料金決めでは付加価値ベースの提案が難しくなる。だからこそ、ご用聞きになってしまうわけだ。
断っておくが「ご用を聞く」こと自体が悪というわけではない。システムであろうと、ビルであろうと、プラント施設であろうと、客の要望を聞くのは当たり前だ。問題は要望(ご用)を聞くばかりで、付加価値のあるイノベーティブな提案をしなくなることである。あっ、このままの調子で書き続けたら、人月商売のIT業界以外の一品ものの企業から文句が来そうだな。他の業界では確かに「ご用聞きになりがち」であるが、イノベーティブな提案もしているからな。そうでないと、木造の高層ビルなんて企画はなかなか出てこないよね。
一方、SIerといえばご用聞き一本やりだ。おっと、今度はSIerから怒られるか。もちろんイノベーティブな提案がゼロとは言わない。だが他の一品ものの業界と比べると圧倒的に少ない。さらに言えば、提案に含まれるイノベーションの部分は、自分たちの技術ではなく、AWS(Amazon Web Services)の新機能やスタートアップのサービスの活用だったりする。要するに、他人のふんどし(イノベーション)で相撲を取っているだけ。しかも、客から要望されない限り、そんな提案もせずにご用聞きに徹する。
一品ものを手掛けるという点で共通するのに、なぜSIerだけがこんなにもご用聞きなのか。米国などの本物のIT産業は最もイノベーティブな業界だし、客の企業もその成果物をどれだけ活用できるかによって競争力が決まる。だから、いくら人月商売のIT業界が労働集約型産業にすぎないとはいえ、IT産業を名乗る以上、SIerはもっとイノベーティブな提案をしていかないと生き残れないはずだが、実際にはご用聞きに徹すればノープロブレム。実は、他の一品ものの企業とは全く違う特異な産業なのだ。