全5913文字
PR

 IT後進国に落ちぶれた日本の未来は、企業や行政のDX(デジタルトランスフォーメーション)が成功するかどうかで決まる。だから、現在のDXブームがあまりに軽薄とはいえ、水をぶっかけて回るのはよそう――。つい最近まで、そんなふうに考えていたのだが、ちょっと我慢が限界に達した。というか、このままでは大変な事態となる。そろそろ「DX中止勧告」を出すべきときのようだ。

 そう思うようになったのは、「草の根DX」などというふざけた取り組みのまん延が無視できなくなったからだ。前回の「極言暴論」の最後でも少し触れたが、ローコード開発などによって「現場のお役立ちデジタルツール」をつくる行為が、多くの企業にとって「我が社のDX」ということらしい。もう噴飯ものである。なぜそんなまがい物をDXと思うのか。勘違いが恐ろしい。

関連記事 「利用部門のわがまま」と書いたことは謝罪する、だが草の根DXは断じてダメだ

 断じてDXではないが、草の根DXなるものがIT部門の統制の下で進められるのならまだましだ。だけど、草の根とはそういうことではない。結局のところ、事業部門などの利用部門が「勝手に」プログラムをつくって、「勝手に」データ分析などを行うのが草の根DXだ。まさに、かつてのエンドユーザーコンピューティング(EUC)の悪夢の再来だ。そういえば「Excelでマクロをつくって……」というのまで「我が社のDX」と言い出した企業もあると聞く。もう目まいがしそうである。

 実は、こうしたふざけた話までがDX扱いされるようになる予兆はあった。例えばある識者が「DXの活用」などと述べていた。DXとは「デジタル技術を活用したビジネス構造の変革」、短く言うなら「デジタル変革」だぞ。どうやったら「『デジタル変革』の活用」なんてできるのだ。1年前の極言暴論では、そんな驚がくと怒りを記事にした。

関連記事 ブームは既に腐り始めている、日本企業の「猿でもできるDX」が本当にやばい

 その頃からDXを扱ったメディアの記事でも、奇妙な記述が現れる。当時「DX=デジタル化」とする経済記事を見つけて本当に腰を抜かしたが、最近ではもう慣れっこになってしまった。ただ、ある記事に「DXの導入支援企業を紹介するほか、導入後も効果的な使い方を指南する」といった記述があるのを見つけたときには、さすがに泡を吹きそうになったぞ。何せ「『デジタル変革』の導入」と「『デジタル変革』の使い方」の二段構えだからな。

 こうした記事が横行し、訳の分からない識者が出現するのは、もちろん記者や識者の不勉強さや自分の頭で考えようとしない体質のなせる業ではあるが、彼ら/彼女らに情報を吹き込む連中もいいかげんということだ。以前は「IT」と称していたが、あまり受けないので「デジタル」と言うようになった。それもインパクトが薄くなったので「DX」に置き換えよう――。そんないいかげんな連中がIT業界には山のようにいるし、その言葉をオウムのようにまねる愚かなユーザーも掃いて捨てるほどいる。